[K17221-005]


『現在、通信が拒否されています。』

そう表示されたのは俺の腕につけられた機械から出ている立体映像。
もちろん誰に通信したかといえば・・・

「アズ君に・・・繋がりませんか?」
「ええ。やっぱり遮断されてるみたいですね。」

災厄を運んでくることに定評のあるアズだった。
約束の場所はこの組織の本拠地から少し外れた廃工場。
現在地点は俺の部屋。
約束の時間まで後30分はある。

誘拐したとかいう紙切れを見た後、俺たちはアズに何度か通信を試みたがダメだった。
全部拒否設定にされているようだ。

まさかアズが誘拐されるとは夢にも思わなかった。

「しかし、誰なんでしょう・・・アズ君を誘拐だなんて。」
「いや、大体検討はついてますよ。」

そう。
アズや俺に恨みを持っていて、しかも指定時刻に一人で来いなんていう奴・・・。
恐らく、いやきっと・・・フリント・・・しかないだろうな。
6日前のことを根に持っているに違いない。

「だから、先輩・・・リーダーにはどうぞ御内密に・・・!」
「え、で、でも・・・大丈夫ですか?やっぱり一緒に言った方が・・・!」
「いえいえ!犯人はもう既にわかってるんで!気にしない方向で!」
「そう・・・なんですか?危険はないってことですよね?」
「はい。」

多分。死にはしないと思う。

「そ、それに・・・喧嘩したのは俺たちですし・・・」
「・・・・・・わかりました。でも、危険になったらすぐ呼んでくださいね?」

ヘル先輩はしぶしぶといった感じで椅子から立ち上がった。
俺も約束の場所へ向かうため立ち上がる。
ドアに向かいながらちらちらと何か言いたげにこちらを見る先輩を見送り、
俺は部屋に引き返して武器を取った。
一応、応急薬もポケットに忍び込ませておく。

それにしてもフリントの奴・・・どうやってアズを捕まえたんだ?
毎回負けっぱなしなのに。
主に不意打ちで。
いや、もしかしたら不意打ちじゃなきゃフリントが有利なんだろうか・・・?

考えながら早足で行動開始する。
今からならぎりぎり約束の時間に間に合うだろう。
組織の建物の外に出て、わずかな寒さに身を震わせる。
そういえば、今日は少し冷え込むらしい。

脳内に今朝ニュースに表示されていた船内設定気温を思い出す。
なんというか、なんだろうなぁ・・・。
今、仕事が終わったのか寮に帰宅する人間が多い。
俺とは反対方向に進む組織の人間達の合間を縫って動く。
何事かと顔をしかめられたりもしたが無視していく。

「・・・連続殺人が・・・」
「手配されて・・・」
「・・・Aランク依頼が・・・」
「・・・バ・・・流失」

途切れ途切れ聞こえる噂話。
ずいぶん物騒なものも聞こえた気がしたが、今はかまってられない。

人ごみを抜け、時計に目をやりつつ進んでいく。
それにしても、何で俺がこんなことしなきゃいけないんだろうな・・・!本当に!
確かにルームメイトで同僚だけどさ!
何もそこまでしないでいいと思わないか!?常識的に!

心の中の罵詈雑言を表情に出さずに闊歩する。
だんだん街の活気がなくなっていき、外側に行くにつれて寂れていく。
この街にスラム街なるものは存在しないが、多少の貧富のさはある。
ここは、比較的貧しい奴が住む場所なのだろう。

廃工場はそんな街の外れにポツリと立っていた。
組織の建物よりはずいぶん小さいが、工場にしてみれば大きい方だ。
確か、技術開発が行われていた場所だとか何とか。
しかし、窓はかち割られているし草は伸び放題。
立ち入り禁止の札と柵が周りを囲んでいるが、あちこち壊れて簡単に入れそうだ。
それに天井がところどころはがれて今にも崩れ落ちそうだったりする。
いかにも『廃工場』と呼ぶのにふさわしい感じだった。

俺は息を殺してゆっくりと柵を越えて草を踏みしめる。
草が擦りあわされて鳴る音にぎくりとしながらも辺りをうかがった。
ざわざわという風に揺られる膝ほどにのびた雑草以外の音は聞こえない。
なるべく音を立てないようにナックルを装着し、工場に近づいていった。
入り口までの距離は10m弱。
ぬきあしさしあしの要領で割れた窓まで近づき、中を覗いた。
廃工場にもかかわらずかすかな光が漏れている。
フリントがいる証拠だった。
人質がとられている場合の対処法は研修時代にならったため心得ている。
かすかな安心でバクバク言う心臓を押さえつけると、ゆっくりと窓に手を掛ける。
中の人の気配を確認。
予想通り一人の気配しか感じられない。
一呼吸。
そして突入。

能力を使って地面を蹴って入り口を即座に開けてすばやく中に侵入。
割れかけた窓は俺の蹴りで完全に粉々に砕け、轟音が響き渡った。
そしてあっけに取られている闇夜に立つ人物に向かって走る。
不意をつくのには完全に成功したようだ。

いける・・・!
確信してその人物に踊りかかり・・・・

「キャアアアアアアァァァァ!!!!」

劈くような悲鳴で硬直した。

・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・え?
何、ちょ、これは・・・その・・・?

目を凝らすと、そこにいたのは金髪の少女だった。
見たこともない少女。
腰まで伸ばした金髪が月夜で綺麗に光っていた。
華奢な体で自分を抱きかかえるようにしてこちらを睨んでいる。
強気そうな目は涙をたたえていて・・・その、かなりかわいかった。
しかし、制服を着ていることから組織の人間であると判断できる。
けど、その・・・ええっと・・・。

「あれ?もしかして・・・誘拐って・・・その、君が?」

少女はキッと敵意のこもった目を吊り上げる。
すっと無駄のない動きで腰につけていた組織のレイピアを抜き、突きつける。

「いかにも。さぁ、仲間を返して欲しくば今ここで、土下座をしなさい。」
「い、いやいやいや!?本当に!?アズが!?あんたに!?」
「口を慎みなさい下賎の民。」
「はぁ・・・。」

何だ。この高慢なお嬢さん・・・誰だよ・・・。
それにこの鼻につくようなしゃべり方はなんだ!?
俺は特殊な性癖はないからいくら美少女でも罵られて喜ぶわけないだろ!

「ところで・・・あんたは・・・」
「ふん・・・貴方のような下民に名乗る名前などないのですが・・・いいでしょう。
 私はフローラ・リア。高位なるリア家の者です。」

リア家・・・って。
確か組織に有力な幹部がいて・・・お金持ちで・・・
それで・・・あれ?ちょっと待て、こういう奴をどっかで知っているような・・・。

「け、見当違いでしたらご勘弁を・・・あ、あなたは・・・もしかして・・・フリントの・・・」

風を切る音と首に剣が突きつけられる感触。
どっと汗が出て口をつぐむ。

「口の利き方に注意なさい。フリントお兄様は私の双子の兄。
 貴方のような者が口を利ける相手ではありません。」

 フ リ ン ト の 双 子 の 妹 だ と !!!???
に、似てない・・・じゃなくて!!

「待て待て!もしかしてアズがお前のお兄様やっつけたこと根に持って・・・」

がぬんという妙な音がして頭に激痛。
フローラの手を見ると鞘を持っていた。
それで脳天叩かれたらしい。
もちろん、痛い。すげー痛い。
それと同時に、俺の頭もカチンと来た。

「ぐおおおおぉぉぉ!!本気で叩くなよ!!痛いだろ!?何するんだ!?」
「自分の立場をわきまえているのですか?貴方は、今、兄にした非礼を土下座で詫びるべきです!」
「なんでだよ!どう考えてもそっちが悪いだろ!!」
「悪いですって?あなた方の不意打ち、多人数による暴行が悪いのではありませんか?悪は貴方です。」
「嘘付け!先にけんか吹っかけてきたのはお前のニイサマだろうがっ!」
「そんな嘘、誰が信じると?」
「少なくとも周りの人間は信じてくれてるがなぁっ!!」
「そ、それは・・・周りの下民が・・・愚かだからです!」
「揺らいだだろ!この・・・ブラコン女!!」
「なっ・・・ブ、ブラコンだなんて・・・この・・・野蛮な・・・下民が・・・!!」

あ。怒った。

「非礼を詫びれば無傷で返そうと思いましたが・・・もう許しません!」
「許さないとどうするんだよ・・・?」
「ひ、人質に危害を加えますわよ?」
「できるもんならやってみろよ!!返り討ちにあうのがオチだ!!」
「ぐっ・・・そんなわけないでしょう!あの下民になど!」
「どうだか・・・?」
「私を弱いと・・・そういうのですね?それは大層な侮辱ですわ!」
「俺が最初に攻撃しようとして悲鳴あげたろ!?そんなんじゃ誘拐ってのもどうせ嘘なんだろ!?」
「な、なななな・・・!」

口をぱくぱく開いたり閉じたりして金魚みたいなフローラ譲。
・・・いや、勢いで言ったけど・・・。本当だったのか・・・。
そりゃそうか・・・人質の気配は感じないし・・・第一、フローラ譲はそんなに強くない。はっきり言って。

「へぇ〜・・・じゃあ、あれか?俺と先輩が話しているのを廊下で偶然聞いて、利用しようと?」
「な、な・・・!?」

図星か。

「うおおおぉぉぉ!!心配して損した!返せよ俺の時間!そしてアズの奴本当にどこいった!!」
「知りませんわ!とにかく土下座しなさい!」
「いやだよ!何でだよ!?」
「こっちだって・・・丸腰で来たわけではありませんわ!!」

フローラはすっとレイピアをしまい、ポケットから瓶を素早く取り出した。
なにやら試験管のような瓶の中に黒い液体。
その黒い液体は重力を感じないかのようにふわりと瓶の中で漂っていた。
そして、瓶の表面になにやら複雑な模様が書かれて・・・って、あれ?それって・・・

「おいおいおいおい嘘だろ!?それバグじゃねぇかっ!?」
「ふふ・・・下民もようやく立場がわかったようですね。」

バグ―――世界を壊すもの、人の思考を狂わせるもの。
あれがあるから世界は壊れ、組織はそれを壊すために存在している。
とにかくそれは、

「めちゃくちゃ危険だろうが!!何で持ってるんだよ!?」
「封印してます。怖いのですか?」
「当たり前だろ!今すぐバグ処理班に引き渡せよ!」
「だったら―――土下座しなさい。」
「おい・・・わかってるのか?それがもし外に漏れたら、まっさきにお前が寄生されるんだぞ?」
「嫌でしたら土下座しなさい。」
「ああああ!もう!わかったからそれは離せ!」
「嫌です!謝罪が先です!」
「悪かったごめんなさいもうしません!!」
「誠意を持って、ですわ!!」
「この状況で誠意なんてもてるか!!とにかくバグは離せ!しまえ!」
「嫌ですわ!」

ああああああ!!もう!面倒だなコイツ!
とにかくバグを取り上げないと!
俺は頭をかきむしってずいっと大きくフローラに向かって踏み出した。

「キャ」

短い悲鳴とパリンという音。
俺は目をぱちぱちさせて地面を見た。
スローモーションなんてことはなく、それはあっけなく地面に転がっていた。

バグの瓶が、フローラの足元に、木っ端微塵になって転がっていた。

・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・あれ?

ちょっと、あれ?バグの瓶が足元にあって、割れてるって事は・・・
あれ?
状況を把握するのに3秒かかった。

ふらりとフローラの体が傾いて我に返る、こちらに倒れてくるのを阻止しようと抱きかかえた。
と、無味無臭なのにこみ上げる吐き気。
これは、間違いない。

「・・・バグ・・・外に出てるんじゃね?」

呟いたが、既に気絶しているフローラには聞こえない。
むしろ何故即座に気絶!?
あんなに自信満々だから耐性あると思ったのに!!
ゼロだろ!至近距離で即座に気絶ってダメだろ!!
罵詈雑言を心の中でしつつフローラを除き見る。
おそらくバグをすって多少寄生されてしまったのだろう。
かくいう俺も、実はバグ耐性がほとんどないため、先ほどからこみ上げてくる吐き気、
そして体が動かないのをどうしたものかぐるぐると思考が回転していた。
あ、やばいかも。
フローラを抱きかかえてうずくまってる体勢から動けない。
ど、どうしよう・・・!



「どうかしましたかぁ?」

突然の声にびくりと反応してしまった。
ゆるやかに響くその声の主をちらりと横目で見る。
いたのは俺より幾分か年上の小柄なショートヘアの女性だった。
メガネを掛けた柔和な目でこちらを見ている。

「いや、ちょっと・・・あの、組織の人間に連絡して欲しいんですが・・・」
「へぇ、あ。二人とも組織の人ですねぇ。」

にこりと目を細めて茶色の髪の毛をいじる。

「もしかしてぇ。吸い込んじゃったんですか?」
「へ?」
「あれは本当は飲むものなんですよぉ。それが出来ないってことは耐性ないんですねぇ。」

あれ?
・・・いや、待てよ。
落ち着いて考えてみて、なんで廃工場に、こんな時間に女の人が?

「でも飲めばすっごく力も強くなれるしぃ、不老不死にもなっちゃうんですよぉ?」

待てよ。なんでバグをフローラが持ってたのを知ってたんだ?
そもそも、フローラはどこでバグを入手したんだ?
まさか、まさかまさか・・・!

「あれぇ?聞いてますぅ?」
「あんたが・・・?」
「あ。そっちの組織の子に『神の因子』売ったって意味ですかぁ?」
「『神の因子』?ただのバグだろ!?バグの密売は犯罪だろ!?」
「バグだなんて失礼しちゃうなぁ。神の因子ですよぉ。じゃなきゃ、おかしいですもん。」

けらけらと笑う女性。
その目は穏やかで、柔和で、どこまでも―――狂ってる。
女性はすらりと、銀色の何かをポケットから取り出した。
それはナイフ。
もう片方の手でポケットからフローラが持っていた物と同じ試験管を取り出した。
ためらいもせずそれを片手で蓋をへし折り、口をつけた。
ふよふよと試験管の中で浮いていたバグが体内に吸い込まれていく。
女性にバグが同化した瞬間、体が影のように黒くなったように見えた。

「じゃなきゃ、こんなに幸せになりませんもん。」
「・・・バグが寄生したら、思考がおかしくなるんだよ。」
「え〜?うわぁ、坊やも組織のアホと同じこと言うんだぁ。あ。組織の人間だったかぁ。」

けたけた笑う女性。
ふいに試験管を放り投げて足で踏み潰し、にんまりしてこちらを見た。
ガラスの割れた音が廃工場に響き渡る。

「じゃあ、死んでもいいですよねぇ。」
「・・・あんたおかしいよ。」
「え〜?聞こえませんよぉ。カミサマになる資格ないゴミがうるさいですよぉ。」

一歩一歩、俺が動けないのを知っているのか、ゆっくり近づいてくる。
それが俺の反応を楽しんでいるようで―――
力を込めても動くのは腕だけで、能力を使っても脱出できそうにない。
吐き気とめまいとぐるぐる回ってる思考をどうしようもなくて。

だから狂った女性がナイフを振り上げたとき、目をつぶって体を固くした。
目の前が見えなくなり、音だけが鮮明に脳裏に入ってくる。

空気を裂くナイフの音、
空気を裂く何か上から降ってくる音、
「ぐえ」という声、
どむっという至近距離の変な音――――――

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?
どむって・・・なんだ?
ゆっくり目を開けて女性の方を見ると、目が合った。

女性の上に乗ったアズと。
そして気絶したのを確認してひょいと上から飛びのいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっれぇ?

「あれ、シロ何してんの?」
「何・・・じゃねぇよ!!今までどこに行ってたんだよ!?」
「上。」
「上って上か!?飛び降りたのか!?いや、でもそういう意味で聞いたんじゃねぇよ!!」
「じゃあ何。」
「だから喧嘩して・・・家出したんじゃ・・・!?」
「帰っていい?」
「待て!ちょっと応援呼んでくれよ!動けないんだよ!」
「元気そうだけど。」
「元気なのは口だけな!しかも今にも吐きそうだ!!」
「うわ。」
「引くなよ!せめてヘル先輩にお願いして!」
「何へばってんの?」
「バグだよ!このフリントの妹がばらまいてなんかバグに寄生された奴がナイフで来て・・・」
「シロ、混乱しすぎ。」
「うっさい!」

・・・安心したらなんか泣けてきた。
そもそもなんでアズがここにいるんだよ。

「そもそも何で通信拒否してたの!?」
「通信されるとうるさいから。」
「待て!人がどれだけ心配したと・・・・」

「ひどいですねぇ。」

むくりと、女性が肩を抑えて起き上がった。

「あ。生きてた。」
「殺す気だったのか!?」
「ははっ。『神の因子』飲んでるんだから死にはしませんよぉ。」
「紙の印紙って何。」
「今絶対違う文字思い浮かべたろ・・・。」
「どうでもいいから。」
「愉快なヒトですねぇ・・・殺したくなりますよぉ。」
「うわ。」

アズが思い切り微妙な顔(無表情だけど)で女性を見ている。
女性は変わらず柔和な表情だった。目は死ぬほど殺気立ってるけど。
俺は相変わらず吐き気が来て口を押さえた。
吐いてもいいけど腕の中のフローラどけないと悲惨なことになる。
さすがにかわいそうだ。

「とりあえず、死んでくれますぅ?どうせ組織の人間なんでしょう?」

アズは俺と女の間に立ってポケットに手を突っ込んだ。
ナイフを手にして臨戦態勢に入るのだろう。

「あ。そうだぁ。『神の因子』飲んでくれるなら後ろの二人は逃がしてもいいですよぉ?」

すいっと女はポケットから取り出したバグ入り試験管をアズに放り投げる。
アズは片手でキャッチしてしげしげと眺めだした。
罠だ。
飲んだらアズが動けなくなり、動けたとしても思考の妨害になる。

「お、おいおい!本気にしてないよな!?そんなの飲んだらお前だって寄生されてぶっ倒れるぞ!?」
「飲んでくださいよぉ?二人は逃がすって言ってるじゃないですかぁ。」

きょとんとしてこちらと女、交互に目を向けている。
どちらの言うことを聞こうか迷ってるのか?

「飲みましょうよぉ。きちんと逃がしますよぉ?」
「アホアズ!!飲むなっていってるだろ!飲んだら絶交だからな!!」
「あはっ。もし飲まないならぁ。」

女は試験管を二本取り出し、こちらに振って見せた。

「これここで割っちゃいますよぉ?君はともかく後ろの二人はどうなってもしりませんよぉ。」

どんだけ持ってるんだよ!
確かにこれ以上バグが俺に寄生して気絶しない自信ないけどな!後遺症も心配だ!

「そういうのって、有利な状況で言うんじゃね?」
「有利ですよぉ?だって、私をしとめる前に、瓶割る自信ありますもん。」

確かに、俺とフローラが動けない状態では完全に不利だよね・・・でもな、

「アズ!とりあえず瓶割ってもいいから行けよ!いいな!」
「めんどい。」
「わがまま言うな!」

アズはちらりとこちらとフローラを視線だけで見て、
ぱちりと片手で、

瓶の蓋を割った。

「おい・・・ア」

その鋭い切っ先にかまわず口をつける。
黒いバグがアズに同化して一瞬体が影のように黒くなった。
おい。なんで・・・

「テメェは言うこと聞かねぇんだよおおおおおお!!!!」
「あはっ・・・あはははは!!飲みましたねぇっ!!馬鹿ですねえっ!!」

つんざくような笑い声と俺の叫びが交わって、
アズの体が揺れて、
その体は前に―――進んだ。

「え」

今のは女のだったか俺の声だったか。
アズはまったくぶれない踏み込みで女の顔面に右手を叩き込んだ。
ぐーで。
からんと女の手の中のナイフが吹っ飛ぶ音が遅れて聞こえる。

・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・えー。

「まず。」

アズが唇をぬぐって倒れた女を見ている。
思考の変化も、寄生されて気分が悪そうでもない。
俺なんかちょっと吸い込んだだけでダメなのに!?理不尽すぎる!

女はふらふらしつつ立ち上がった。
目はうつろで、信じられないものを見たそれだった。
しかも若干アズに殴られたところが赤くなって痛々しい。

「嘘・・・嘘ですよぉ・・・私、選ばれて・・・」
「何?」
「なんでですかぁ・・・何で平気なんですかぁ・・・」
「知らね。」
「だってぇ・・・普通一度目は絶対気絶しちゃうのにぃ・・・こんなの反則ですよぉ・・・」
「何それ。」
「もう・・・死んでくださいよぉっ・・・!!」

女は両手いっぱいにポケットからバグ入り試験管を取り出し、
頭の上まで振りかざし―――止めるまもなく地面にたたきつけた。

や、やりやがったあああああぁぁぁ!!!!

ぶわりと広がる黒い何か。
無味無臭なのにこみ上げてくる吐き気。
ぐるぐると回る思考。

最後に「うそつき」という言葉が聞こえて、世界がぐるぐる回った気がして―――
情けなくも、俺の視界は暗転した。





白い。
上も下も真っ白だ。
ここが天国だなぁ。
なんだか暖かいし・・・

「お。ようやく気がついたか。」

白い部屋の中に赤い人がいる。
ずいぶん奇抜な天使だ・・・。
そして男前な美女の天使だ。

「って、大丈夫か?一応もうバグは体内に残ってないと思うんだが。」
「・・・へ?って、あああああ!!!」
「ん?どうした?」
「リ、リーダー!!バグは!?アズは!?フローラは!?あの狂った人は!?」
「落ち着け。アズもフローラ君も無事だよ。それと、指名手配犯は捕まった。」
「え、指名手配って・・・」

リーダーは頭に手を置いて軽く息を吐いた。
安堵と疲れが混ざっているようだ。
ここは、カーテンが回りに囲ってあるベッドの上。
きっと組織の医務室だろう。
しかし、わからないことも多いし、まだ頭が混乱していたようだ。

「あのな、とりあえず落ち着いて聞いてくれ」
「はぁ。」
「君がバグを吸い込んで気絶してからもう3日だ。」
「え?!は、はい。」
「そして、アズが気絶した君と、フローラと、ぐるぐる巻きにされた彼女を引きずってきたのは3日前。」
「ぐるぐる巻き・・・」
「そこまでは理解できたか?」
「ええ。なんとか。」
「バグも君やフローラの体内から駆除された。以上。質問は?」
「あの・・・指名手配犯ってのは?」

その質問にリーダーはきょとんとして目をしばたかせた。
何か変な質問をしてしまったのか?

「・・・忘れたのか?アズと君が・・・忠告も聞かずに引き受けた危険度Aランクのバイトだよ。」
「え?危険度Aて・・たしか賞金稼ぎの?」
「そう。その賞金稼ぎまがいの中でも特に危ない―――組織だけを狙った連続殺人事件のバグ密売人を捕まえたんだよ。」
「え?え?ちょ、ちょっと待って下さい?引き受けた?俺が?」
「ああ。登録にはそうなっていたな。」
「・・・記憶にないんですが。」
「ふむ・・・混乱か、それともはたまた・・・アズが・・・」
「へ?」
「まぁ、それはおいおい話すとしよう。まだ1日は療養した方がいいな。」
「すいません。」
「いや、無事ならそれでいい。」

リーダーは肩をすくめてにやりと笑った。

「賞金はもうポイント換算されて振り込んであるらしいぞ。これで当分危険なことはなしだろう?」
「え、そうなんですか?」
「そう、それと朗報だ。今回の功績のお陰で、君たち二人の謹慎が解けそうだ。」
「え!?それは本当ですか?!」
「ああ。恐らく、来週から任務開始だな。」

なんというか・・・わからないことも多いけど、とにかくなんとかなったらしい。
俺は深呼吸する。
あぁ・・・生きてるってすばらしい。
あの時は本気で死ぬかと思った。

「それと、ヘルが心配していた。後できちんと・・・怒られるんだぞ?」
「は、はぁい・・・」
「ああ。そうそう。・・・アズ!もう起きたぞ!」
「ふーん。」
「って、うおおおお!!??お前いつの間に!?」
「最初からいたが、眠りかけていたみたいだな。」

なんかベッドの足の方の椅子にうつらうつらとしながらいたのはアズだった。
白い部屋の中で異様な黒さを放っている。
驚きの黒さだ。

「まぁ、二人で話しておかなければならないこともあるようだし・・・私はヘルを呼んで来るよ。」

がたりと丸椅子から立ち上がり、颯爽とカーテンを引いて外に向かうリーダー。

「あ、ありがとうございました。」

声を掛けるとドアから出る手前で振り返り、
にやりと笑うと無言で外に出て行ってしまった。
でも出来ればこいつも連れて行って欲しかったよリーダー!!!
実は結構気まずかったりするんですよリーダー!!

・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・し、視線を感じる!!
くるりとアズに視線を戻すと、じっとこちらを見ていた。
何だよ!言いたいことがあるなら言えよ!!

「シロ。頭大丈夫?」
「・・・どういう意味だそれは!!事としだいによっちゃ怒るぞ!!」
「引きずったから。」
「引きずったのかよ!!どうりで頭が痛いと思った!!」
「シロ。頭皮大丈夫?」
「そういう風に言い直すと余計嫌だよ!」
「シロの頭皮心配。」
「やめろ!別のものを連想させる言い回しはやめろ!!」
「・・・・・・。」

・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・な、何故急に黙り込むんだよ!?

「なんだよ・・・黙ってるなよ。」
「何。」
「いや、こっちが『何』だよ!勝手に出て行っていなくなって変なバイトしてて・・・!!」
「ポイントないから。」
「しかも指名手配犯追ってて俺たち巻き込んでしかもバグ飲みやがって!!!」
「味なかった。」
「ああああああもう!!とにかく!どれだけ俺が心配したと思ってるんだよ!!」
「・・・・・・。」

・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・だ、黙り込むなよ!
こっちじっと見て黙り込むなよ!!

「シロ、他の隊に行くの?」
「は?あー・・・そういやあったな。スカウトされた奴。」
「ふーん。」
「え?あ。行かねぇよ?」
「あれ。」
「なんだよ!心底驚いたみたいに言うなよ!!」
「絶交したから行くと思ってた。」
「絶交って・・・いや、それは・・・言葉のあやって言うか・・・なんていうか・・・」

・・・・・・・・。

「そういやフライパン新しいの買った。」
「お前は話し飛びすぎなんだよおおおおぉぉぉ!!!」
「ん。」
「肯定すんな!!・・・って、新しいの買ったのか。」
「ん。」
「へぇ・・・。」
「・・・・・・。」

・・・・・・・。

「だ、だから黙り込むなよ!なんだよこの沈黙は!!」
「・・・シロ。怒ってる。」
「へ?いや、怒って・・・は、ない。かな?」
「怪我は。」
「俺?ないけど?」
「ふーん。」

アズが用が済んだとばかりに立ち上がってカーテンを引いた。
つかつかと躊躇わずドアに向かう。
何なんだろうなぁ・・・でも、

「アズ。」
「何。」

ドアに手を掛けたところで声を掛けると、こちらを向いて静止する。

「俺、そのー・・・あれだ。もう怒ってないし、大人気なかったし・・・
 賞金も半分もらっちまったし・・・だから・・・
 やっぱりこの隊にいたい気がするから・・・えーっと・・・」
「何。」
「・・・戻ってきても文句いわねぇから。」
「・・・・・・ふーん。」
「・・・悪かったよ。だから家出なんてもうするなよ。」

目をぱちくりとさせてこちらを見る。

「オレ、家出してないんだけど。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「指名手配犯追ってたから帰らなかった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はいぃ?」
「あの部屋、嫌いじゃないけど。」

カラカラカラカラ・・・パタン
軽い音を残して、黒い影は消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

は、え?あれ?これってさ・・・
もしかして、いや、もしかしなくても・・・。

「俺の心配損ってことかよっ!?!?あんのっアホアズウウウゥゥゥ!!!!!」




「ぐわあっ!!恥ずかしいおもいまでして謝罪したのにいぃぃ!」
「シロ。さっきからうるさい。」
「まだいたのか!?帰れ!お前はもう帰れよ!!」
「何怒ってんの。」


つづく

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