[K17221-003]

世の中にはとんでもない不幸ととんでもない幸福がある。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺たちは夕暮れの街を歩いていた。
組織の鉄でできた巨大なビルを抜けて、その足元に広がる広々とした商店街に来ていた。
上を見上げれば、ホログラムとは思えないような見事な空。
そして人口とは思えないさわやかな風が吹いていた。
季節が『春』という設定らしい。

この世界救済機構の母船は、とんでもない広さを持っていた。
国や様々な文化の都市が3つくらい。海や山がきちんとある・・・
など、普通に見れば少し小さな世界と大差ない。
実際、ここには組織の人間だけでなく、普通に人が生まれて色々な職についている。
ただ、大半が組織に入隊すると言うのだからある意味組織のための世界といってもいい。
そして、通常の世界とは違うのが、絶えずこの船が世界の狭間を動いていることだろう。
巨大な宇宙船みたいなものだ。

わずかに上を見上げていると、小型船が空に吸い込まれていった。
組織の隊員が任務で舟の外に出て別の『世界』に任務にでも行ったのだろう。
俺たちは・・・禁止されてるけどな。
誰かさんのせいで。

俺はぎりぎりと若干歯軋りをしながら途中まで一緒に来たここにいない誰かを思って憤った。
とんでもない不幸を運んでくるアズは、買い物の途中でふらりとどこかに消えてしまった。
いや、別にいてもいなくて同じなので問題はないけど。

「ビャッコ君。こちらの野菜が安いですよ?」

満面の笑みでにんじんを持ちながら話しかけてくるのは、ヘル先輩だった。
とても綺麗でかわいい先輩だ。ところでいつも敬語なのは癖なのだろうか・・・。

「あー。そうですね。じゃあそこで野菜をそろえます。」
「はい。じゃあこれと・・・」

ヘル先輩が野菜を二つほど選んでいる時に、俺は若干今までのことを振り返ってため息が出た。
アズがヘル先輩とひと悶着あって俺が被害をこうむった後、ヘル先輩は平謝りだった。
むしろアズがそうなるべきだったのだがその辺はいつもどおりスルーしていた。
あの野郎・・・。

しかし、それでお詫びにとヘル先輩は俺たちの買い物に付き合うと申し出てくれたのだ。
これはとんでもない幸福だ。
俺だって男だし、美少女の先輩と街を一緒に歩くというのは・・・嫌じゃない。むしろ嬉しい。
うん。やっぱり幸福だろう。
ちなみに、組織には食堂はもちろんある。しかし、いま配給されてるポイント―――
給料では、毎日食べるのは心細い。
新人隊員は自炊をせよという決まりがあるのか、寮には部屋ごとに台所が用意されてたりもする。
俺は、まあ、ある程度できるけど・・・アズはどうだろう・・・考えたくもない。

「はい。ビャッコ君。」

店員に組織のIDカードを渡して会計を支払うと、ヘル先輩はこちらに野菜を手渡してくれた。

「あ。ありがとうございます。ええっと・・・御代は・・・」
「あ。いいですよ?これくらいなら私が払いますし。」
「えええ!?いや、悪いですよ!」
「いいからいいから。」

くすくすとヘル先輩は笑いながらIDカードを出そうとする俺を手で制した。
ううう・・・いきなり先輩におごってもらうとは・・・嬉しいような・・・複雑なような。
男なら、そう・・・びしっと奢りたいものではある。今のポイントじゃ無理だろうけど。

「ありがとうございます。」
「あ。それと・・・その。敬語もいいですよ?私達同い年なんですから。」
「え?いや・・・まぁ、ど、努力します。」

上目遣いの先輩はやっぱりかわいいなぁと思ってしまった。
しかも心臓がドキドキしている・・・!
も、もしかしてこれが恋!?恋なのかっ!?
多少パニックに内心陥りながらも冷静に対応した俺を誰か褒めて欲しい。
ちょっと顔が赤くなったのはご愛嬌。

「じゃあ、後は日用品も買いにいきましょうか?」
「はい。あ・・・ああ。」

いきなり先輩にタメ口はちょっと大変だ。
しかし、頑張らねば・・・!
好感度UPを狙って!
俺は先輩に見られないようにぐっとガッツポーズを作って決意した。
そうやってした後慌てて横に並んで黙々と歩く。
ちらりとヘル先輩の顔を覗けば、何か考え事をしている顔だった。
あれ?まさか楽しくないとか・・・?
あ。それとも昼間アズがしでかした失敗の回想?
・・・・・・う〜ん。声かけるべきか迷うなぁ・・・。

「・・・あの。ビャッコ君?」
「は、はい!?」

あ。やべ。びっくりして声裏返った。

「聞きたいことがあるのですが・・・いいですか?」
「え?どうぞ!」
「ビャッコ君は・・・その、どうして組織に入ったの?」

唐突にすごい質問きた!?
いや、まあ・・・普通の質問かもだけど。
でも・・・なぁ。
正直に答えた方がいいのだろうか・・・。
俺はちょっと迷ってから先輩の真剣な目を見て、
そして苦笑を浮かべながら言う。

「えーっと・・・他にいくところがなかったから・・・ですかね?」

もう、俺の故郷の世界はないから。
もう何年も前に、バグに破壊されたから。
だから、助けてもらった組織に来た。
それと―――俺みたいな人が増えて欲しくなかったから。

「そうですか・・・変なこと聞いてすいません。」
「いえいえいえ!!」
「私もそうですから・・・きっとアズ君も・・・そうなんでしょうね。」
「え?」
「私達探求救助班Aチームは・・・皆故郷の世界がないんです。」
「え、それって・・・」
「マコトさんがそういう人たちを集めたから・・・です。」
「・・・。」
「だから私は・・・」

そこでヘル先輩は口を閉じた。
だから―――なんなのだろう?
どうして急にそんな話をしたのだろう・・・?
どうして俺に―――

「ふーん。道端でイチャイチャ会話なんて・・・謹慎中の癖にいいご身分じゃないか?」

ぎくりと体をこわばらせて振り返る。
そう、この声には聞き覚えがあった。
入隊式―――つまり昨日出会った能力首席の・・・

「フ、フリントさんじゃ・・・ないですか?」

短い金髪、スポーツマンタイプの美形でナルシスト。
趣味は弱いものいじめ。
笑顔を引きつらせたフリントがそこにいた。

「おや。覚えてくれてたのかい?そりゃ光栄だねぇ?」
「アズ君。お知り合いですか?」
「ええ・・・昨日。ちょっと。」

アズが叩き伏せた奴だ。
それを視線で読み取ったのか、フリントの笑顔がこわばる。

「言っておくけどね。僕は不意打ちじゃなかったらあんな奴に負けてなかったんだよ?」

どうだろう。アズ、強いしなぁ・・・。
きょとんとヘル先輩が首をかしげてフリントと俺を交互に見る。
どうやら状況把握ができてないらしい。
俺は笑顔でじりじりと後ろに後退する。
こんな人通りの多いところで昨日みたいな電撃を何発もぶっ放されたらたまらない。
むしろ、あれはアズが悪いのであって俺に悪い要素は一つもないはずなのだ。

「で、では・・・フリントさん・・・俺は買い物があるのでこの辺で・・・」
「くく・・・逃げるのかい?」

そりゃ逃げますとも!

「でもね、こちらは用があるんだよ?」
「いや・・・こっちも謹慎中の身なんで。」
「いや。僕は謹慎中じゃないんだけどね・・・?」
「へ?」
「だってそうじゃない?僕は『被害者』なんだからさ。」

そういえば、聞いたことがある。
フリントはこの組織に多大な寄付をしている一家の長男で、
事件があろうともみ消したりしていたりするとかなんとか・・・。
わお!余計にかかわりたくないから!
かかわりたくない要素だらけじゃないか!!

「だって、彼に『卑怯な不意打ち』で負けたせいで・・・僕の周囲の評価は失墜したんだよ?」

あれ、卑怯な不意打ちだったんだ!?
不意をついたのは確かだし俺を盾にしたのは卑怯だけ・・・
ん?おや?アズをかばう要素がまったくないぞ?

「確かにその通りですね。」

だから言ってみた。
フリントは満足そうに頷いて笑顔が広がる。

「そうですよ!あれはアズが悪い!フリントさんは何も悪くないですって!」
「まあ、当然だよね?」
「ええ!だってあんな卑怯な手を使ってくるなんて頭おかしいのはあいつですから!」
「くく・・・わかってるじゃないか。」

あれ?もしかしておだてれば普通にいけるんじゃないか?
今回はアズみたいに馬鹿なこと言う奴もいないし・・・理由をつけて回避できる・・・!
そう!アズさえこなければ・・・!!


「なにしてんのシロ。」


来ちゃったああああああぁぁぁぁぁ!!!!
予想通りフリントの笑顔は凍りつき、視線だけで殺せるような目でアズを見ている。
よほど周りから馬鹿にされたんだな・・・。
そうだよな・・・だってこいつ・・・成績最下位だったし。
普段威張り散らしてる奴がそいつに負けたらそりゃ言われるよな・・・。
って、そうじゃなくて!!

「何今更出てきてんだアズ!!」
「買い物終わった。」

アズは手に持っていたキャリアケースほどある荷物を指差して言った。
いや、何買ったんだよ・・・こいつ。

「で、シロのくせに何言ってんの?」
「私も状況がわからないのですが・・・」

アズとヘル先輩、そしてフリントの視線が突き刺さる。
・・・俺、悪くないよな?

「やぁ、アズ君。会いたかったよ?」
「・・・・・・誰こいつ?」

お前が昨日殴り倒した奴だよアホ!!

「えっと、確か『フリント』さんでしたよね?」
「・・・記憶にないんだけど。」
「じゃあ、人違いでしょうか?」

ヘル先輩!あってます!モロ当事者ですよ!
そしてほのぼの話すシーンじゃないですよ!!
後、胸触られたことはすでに忘れてるんですかね・・・?

「くくくくく・・・くっくくく・・・」
「うわ。何コイツ変。」

人のこと言えねぇっ!!!
フリントのすぐ近くでバチンという音がはじけた。
臨戦態勢!?
いや、待て!やばい!こんな大通りで喧嘩したら・・・今度こそクビになる!
さっきから通りの人たちが遠巻きに見てる・・・というか避難してるし!

「ちょっと待ってくださいフリントさ・・・」
「あ。あの時のバチバチ。」

俺が止める前に、ポムと手を打ってアズが思い出す。
遅い・・・正直、遅い。
しかしバチバチってお前・・・。

「くくくくく・・・あはははは・・・思い出してくれたんだぁ・・・?それはよかったねっ!!」

「ね」でサッカーボール並の電撃がフリントの手から発射。
ひょいとアズが避ける。
そして後ろのお店に直撃。見たくない・・・!見たくないぞお店の状態なんて!!

「ああああ・・・ナゼこうなる・・・!?」
「ビャッコ君!こちらは抑えるのでお二人をお願いします!」

ヘル先輩の鋭い声が上がる。
見ると、通りの店に淡い緑色の光が包んでいた。
そしてその光はヘル先輩が発していて・・・
これは・・・シールド・・・?・・・ってことは防御種・・・?
しかも攻撃種一位のフリントの攻撃を防いだって事は少なくとも防御種二位くらい・・・?
って、余計なこと考える暇なかった!
とっさの判断で店を救ったヘル先輩に内心で感謝の意を示しながら未だに猛攻しているフリントを見た。
アズは攻撃するつもりがないのかひょいひょいかわしている。
その度にヘル先輩の作り出したシールドに阻まれている。

「アズ!フリント!二人ともやめろ!!」

アズが抗議の目でこちらを見てきた。
まあ、お前は攻撃してないけど発端はお前だよ!!

「うるさい黙れ愚民。」

フリントがちらりとこちらを見るだけで高速スピードで電撃が繰り出される。
ちょ、俺止めただけなのに!!
仕方なく能力を行使して回避。
しかし休む暇もなく第二の攻撃が・・・って、フリントが完全にこっち狙ってやがる!!

「どいつもこいつも・・・僕を馬鹿にしやがって・・・!!」

完全に頭に血が上っている。

「アズ!!お前もなんとかしろ!!」
「何が?」

アズは攻撃目標から外れたためか、隅のほうに突っ立っていた。
お気楽だなお前!

「だから!フリントを・・・うわっと・・・止めろって言ってんだろ!!」
「生命活動を?」
「それはやりすぎだ!!」

そういう間にもフリントの猛攻は止まらない。
いや、どうしてだ!?完全に八つ当たりだよなこれ!!
アズが視界の端で買ってきたという荷物をあけているのが見えた。
そしてこの色々な・・・

「って、お前!何ナイフ大量購入してるんだよ!」
「いる物。」
「いるのか!?」
「ん。」
「わかった。わかったから助けろ!助けてくださいお願いします!」

アズは小さなナイフを数本、何か細工をしてひょいと俺とフリントの間に放った。
危なかったので避けると、後ろのシールドに突き刺さる。
フリントの攻撃目標がアズに移動したようだった。アズに向かって高速で電撃を放たれる。
それを避けてまた小型ナイフをフリントに向かって勢いよく投げた。
・・・いや、さっきから何しているんだアイツ?
フリントに当たる気配はないし・・・
同じ動作を10回ほど繰り返した後、俺は近くに来たアズに話しかける。

「アズ・・・お前さっきから何やってるんだ・・・?」
「試し投げ。」
「試し投げ!?!?」

アズが言葉と同時にフリントめがけてナイフを投げた。
そしてフリントが跳躍したところでアズは手に持っていた何かを引いた。

「嘘だけど。」

ぴんという音とともにフリントが停止した。
驚愕に目を開き、固まっている。
よくよく見るとピアノ線が張り巡らせてフリントの全身に絡み付いていた。
どうやらさっきから投げていたナイフについていたらしい・・・って・・・!

「待て!フリントの能力は電撃だからそれはまずってぎゃああああ!!!」

線に思わず触れてしまって感電した。以上。
フリントは既に電撃を放っていたらしい。
そしてアズの右手にゴム手袋。

・・・・。
うん。いや、わかってましたけどね。
そうですよね。じゃなきゃ平然と立っていられるわけないもんね・・・。
自分が若干こげる音を聞きながら地面に突っ伏した。

「・・・姑息な・・・」
「ん。」

肯定すんな!

「くく・・・でもねぇ・・・少し爪が甘かったなっ!!」

プラスチックがこげるような匂いがあたりに充満し、細い炎が上がる。
ピアノ線を焼ききったらしい。
お、恐ろしい電気だ・・・!

アズはさっさとピアノ線を手放すとフリントの間合いを詰める。
そしてフリントが電撃を放つと同時に自分のコートに手を突っ込み、何かを投げつけた。
見事電撃にぶつかった―――手のひらサイズの小瓶がアズとフリントの中間あたりで砕け散る。
ぶわっと電撃が消えると同時に何か風が吹いた。
小瓶中に何か液体でも入っていたのだろうか・・・?
それが電撃で瞬時に蒸発して一気に広が・・・

「ぐえほっごほっ・・・な、なんだこれ・・・!?ちょ・・・!!」

鼻につーんときてついでに涙と咳が止まらなくなる。
フリントも同様に体を折って咳き込んでいるのが歪んだ視界の中に見えた。
そして平然と立つアズも。

「ちょ、ぐえっ・・・な、なんで・・・」
「催涙弾の元」
「んなもん・・・げふっ何でもって・・・!?」
「作ろうと思って。」
「作るなアホオオオオオォォォ!!!!」
「作れなかった。」

なんだか落ち込んだように瓶のかけらを見て、げしっと咳き込んでいるフリントに蹴りを入れた。
どうやらちょっと気分を害しているらしい。
フリントのうめき声が聞こえたがそれどころではない。

「げほげほっ・・・死ぬ!マジデ死ぬ!・・・そして何で平気そうなんだお前!!」
「慣れたから。」
「嘘付けてめええええぇぇぇ!!ぐはっ!」

なんだか俺とフリントがのた打ち回っていると、ヘル先輩がおどおどとこちらを見ていた。
どうやらシールドの外にいたようで、催涙弾はくらっていないらしい。

「えっと、大丈夫・・・ですか?」
「げほっ・・・し、死にはしません・・・!」
「じゃあ、その、とりあえず換気するため結界を・・・」
「あっ!ちょ、それは・・・・!!」

すっと淡い緑が消えていき―――爽やかな風が吹き荒れる。
それは、このシールド内の空気が外に流れるということであり―――

街の人々がいっせいに涙と咳とうめき声で埋め尽くされるまで後―――数秒もいらなかった。
間違いない。
今日は、とんでもない不幸しか存在していなかった。

「ぐほっ・・・・平和に買い物したかっ・・・た。」
「死んだ?」
「イキテマス。」



つづく

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送