<第七章  神々の狂想曲> 「第五話 契約せし存在」



白い部屋には、ヨミが佇んでいた。

「お前が『あの方』だったのか。」

「バレたなぁ〜」

ヨミがいつもの楽しそうな間延びした棒読みで頭を抱える。
どう考えてもそこまで落ち込んでいるようには見えない

「・・・それで、話がある。」

「いいよ〜」

ヨミがふっと手を振ると、後ろのドアが消えて部屋の中央に机と椅子が二脚出現した。
そこに腰掛けたヨミがおいでおいでと手を振る。
ゆっくりとそこに腰掛ける。

「単刀直入に言うと・・・」

「唐辛子は何杯かなぁ〜?」

がくりとこけそうになるのを何とかこらえて見ると、
ヨミの手にはカップが握られていて、そしてその中にはコーヒーが入っていた。

「唐辛子なのか?」

「唐辛子だぞ〜♪」

「砂糖じゃないのか?」

「コーヒーに失礼だなぁ。」

どっちがだと思ったが、黙っておいた。

「ブラックで。」

「は〜い。」

ヨミがそのままカップを渡してきた。
湯気が立っていて、触ると暖かかった。

「・・・久しぶりだな。」

コーヒーに口をつけて楽しそうなヨミを見て言った。
実際、前に会ったのは警備員に変身していたのが最後だった。
ヨミはコーヒーに唐辛子のビンの中身を全て入れると、かちゃかちゃ混ぜだした。

「んー。寂しかったかなぁ?」

「いや・・・別に・・・」

ずずずとコーヒー(唐辛子入り)を顔色一つ変えないで飲むヨミを見る。
妙に感心してしまう。
態度だけじゃなくて味覚も変な奴だと思った。

「私はつまらなかったけどなぁ?」

「そうか・・・」

コーヒーのポットから更についで、塩を入れているヨミ。
どう考えても味覚障害どころではない量をコーヒーに入れている。
ある意味、かなりどういう味なのか気になるところだった。

「アルギズ復活おめでと〜♪」

ぱんぱかぱーんと紙ふぶき(出所不明)が上から降ってくる。
なんというか・・・気の抜ける奴だと思った。

「ああ。だが、このまま存在できないんだろ?」

「んー。世界に入ると消されちゃいそうだね〜。」

「そう。それにエフに多大な負担がかかる・・・違うのか?」

「違わないよ〜」

塩入コーヒーを飲みながら、ヨミはあっけらかんとして言う。
別段注視していないようなことばだったが、
少しだけ「エフ」のことを言ったときヨミは困ったような笑顔になっていた。
本当にわずかなため、見逃しそうだったが。

「それで、俺を世界に消されない存在にしてほしい。」

そう言うと、ヨミは新しいコーヒーにマヨネーズを全部搾り出しながら首を傾けた。

「でも、こちらにメリットがないなぁ?」

「だろうな。だから、こっちがお前の言うことには従う。
 いらなくなって消えろといえば消える。・・・それじゃあ足りないか?」

んー。とヨミがマヨネーズ入りコーヒーを飲み干しながら唸った。
相変わらずずっと笑顔だが、その顔は思案している顔だった。
後、妙なことを思案している顔だった。

「んー。つまり、契約するってことかなぁ?」

「ああ。」

「抱きつきたいって言ったら許可してくれるのかなぁ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、ああ。」

「間が長いぞ〜。」

正直、ちょっとそういうのは勘弁願いたいのだが。
ヨミは今度はカップにコーラとわさびを加えながらじっとこちらを見てきた。
そして、しばらくの間の後、

「じゃあ、クイズをやろうかなぁ?」

「クイズ?」

「うん。アルギズが正解したら契約して、発言権もある程度あげるようにするよ〜♪」

「・・・負けたら?」

「んー。消えてもらうしかないかなぁ。影がいないと困るからなぁ。」

いつも通りに言うヨミは、ためらいもなく言い切った。
本気なのだろう。
この程度できなければ、いらないとでも言うようだった。
アルギズはこちらも力強く頷いてみせる。
これくらいしなければ、きっと釣り合わない。


「じゃあ、一問だけだけ出題だ〜♪」

「ああ。」

「回答は一回だけだよ〜♪」

「わかった。」

その答えに満足したのか。ヨミは何度か頷いた。
そして口を開く。


「私がひとつだけ、口に出来なかったことばは何かなぁ?」

「口に出来ない言葉?」

「そー。」

ヨミはそれきり何も言わず、妙な液体を飲みだした。
どうでもいいが、何敗飲むのだろう。

「ヒントは?」

「3回までならいいよ〜。」

「・・・それは、話せない言葉・・・なのか?」

「うん。」

ヨミが話せない言葉。
ひっかけでも何でもないとすれば、かなりヒントが少ない。
これで答えるのはかなり危険だというものだろう。
後聞けるヒントは二回のみ。

「それは・・・変身したときでも使えない言葉か?」

「そー。」

これも肯定。
つまり、秋に変身したヨミでも使っていなかった言葉。
考えるべきだ。
秋なら使いそうなのに一切使わなかった言葉があるはずだ。
そうでなければヨミがこんな問題を出すはずがない。

つまり、ヨミはあの時・・・使えなかった言葉があったということ。
それを知ってしまったからこんなことをいうのかもしれない。
ヒントは後一回。
これをどうすればいいかわからない。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。

「最後に、お前は・・・自分が理解できない言葉は言えない・・・のか?」

これには確証もなかったが、聞く。
ヨミは「んー。」と考えていたが、

「そーだね。」

とだけ答えた。
つまり、変身したときでも使えない理解できない言葉。
秋は、あの時なんと言っていた?
ヨミが演じていた秋は完璧だったはずなのに、どこか違和感を覚えていた。
雰囲気でももちろん感じたが、他の場所で違和感を感じたときがあったはずだ。

―思い出せ。

出会ったとき?
―違う

そこから話したとき?
―違う

食事をしていたとき?
―違う

秋がナンパをしていたとき?
―・・・。

『なぁ彼女。お茶しねぇ?』

秋が、歯の浮くようなセリフを吐いていたとき。
絶対に使わなかった言葉があった。

『ほ〜ら〜君のことが大好きなのさ〜大好きなのさ〜』

わけのわからない歌を歌っていた。
知らない歌だと思った。
しかし、違う。
知らない歌ではなかった。



そもそも、歌詞を変えて歌っていたからだ。


人間界にいたときにはやっていた歌だったと思う。
それはたまにコールが大音量でかけていたりして、嫌でも耳に残っている。
それを秋になったヨミは歌おうとして――――歌えなかった。
つまり、



「『愛してる』」



「・・・」

「お前が言えない言葉だ。」

理解できないのは恐らく『愛』
ヨミの行動を見ている限り、『お気に入り』『好き』というのはあるだろうと思った。
しかし、それは自分と同じものではないものに対する感情。
動物を見てかわいいと思うそれ。
だがそれは『愛』ではない。

ヨミはしばらくじっとこちらを見ていたが、
嬉しそうに笑みを深める。

「告白されたぞ〜♪」

「は?」

「んー?私も愛してるぞ〜♪」

「な・・・」

言ってる。普通に言った。
―つまり、不正解・・・だったと?

「でも正解だからよしよし」

「はい?」

ヨミに髪の毛をぐちゃぐちゃにされながら、呆然とした。
何故正解なのかもよくわからなかった。

「んー。口に出来な『かった』だけだから問題ないよ〜?」

つまり、最近は理解できたからもちろん口に出来る。
そしてクイズにしたのは恐らく単純に・・・

「言わせたかった・・・だけか?」

ちょっと怒りを込めて言うと「そー」とあっけらかんと言われた。
はめられたと頭を抱える。
なんだかどっと疲れて机に突っ伏した。

「約束だからねー。契約しよう〜♪」

ヨミはすっと立ち上がる。
それに倣ってアルギズも立ち上がる。
ふいっと机が消え、空間にヨミと2人だけ取り残された。


「我は、誓う。」


ヨミが毅然とした声を放つ。
いつもの間延びした声ではなく、凛と響き渡るような声だった。

「我は必要とする限り汝を求め、また、汝を必要とする間、
 我は汝の存在を、全ての世界で認めると。」

すいっと手が差し出された。


「我は、誓う。」


アルギズはかしずき、手を取った。

「我は必要とされる限り応え、
 また、必要とされる限り存在し続けると。」

ゆっくりとその手に口付ける。
すると、暖かい何かが体にあふれる。


「「我らは、ここに契約する。」」


2人は同時に言う。
そして、同時に離れる。
すくっと立ち上がると、ヨミは何故か嬉しそうににまーっとしていた。
もちろん、いつも楽しそうではあるが、余計に楽しそうであった。

「結婚式みたいだね〜♪」

「・・・・・・冗談はやめてくれ。」

なんだか前途多難な契約に頭を抱える。
そして、ヨミを見てふっと頬を緩めた。

「じゃあ、エフとの約束を果たしにいってもいいか?」

「いいよ〜♪一緒に眠り姫を起こしに行くぞ〜♪」

ヨミは手を差し出した。
それを握りながら、アルギズは笑う。

「了解」

2人は新しい扉に向かって歩き出した。
一人は、楽しそうに。
一人は、呆れながらも微笑みながら。

「これから、楽しくなりそうだなぁ♪」

ヨミの声に、アルギズは苦笑するしかなかった。

















―10月24日

コールは何故か作りすぎてしまった巨大ケーキを見て唸っていた。
どうしたものかという顔である。

会社の部下共は確かに呼んだ。
しかし、この巨大さはどうだろうと思っている。
六人掛けの机の半分は占めてしまっている。

「フム。昨日の特売日のせいだな。うむ。」

一人で納得すると、更にトッピングをかけてとりあえずまた派手にして見た。
・・・余計食べにくそうではある。


「よっす・・・ってうおう!!??何だこのデカさ!!!」

壁から入ってきた幽霊が仰天して後ずさりする。

「うむ。ちょうどケーキを作り終えたところだな。」

「いやいやいや!!!ちょっとこれはウェディングじゃないんだからもうちょい少なく行こうぜ!!」

「いや、クロムよ。実はあれは切るところだけ本物だから実際は小さいのだぞ。」

「なおさら悪いわ!!」

クロムがツッコミを入れてはぁとため息をついた。
「なんだかなぁ」という顔である。

「うむ?気合で食べる気にでもなったか?」

「違うって!!この野郎!!・・・あー。もう。いいや、とりあえず花子が来る前に退散。」

「いや、待て!プレゼントという名の蛇は置いていけ!!」

「蛇じゃないって!ほら。これ置いてくから・・・!蛇じゃないぞ!!」

クロムの二回の念押しにより、コールはしぶしぶ「来年は蛇だろうな」と譲歩した。
譲歩になっているかどうかはさておき。
クロムはプレゼントという名のプレゼントを机の端に置くと、壁をすり抜けて退散した。

「フム・・・普通だな・・・」

クロムのプレゼントの中身を勝手に物色すると、包装を元に戻しておいた。
コールとしては残念極まりないことである。



しばらくして七面鳥を十羽くらい作った後に従兄弟のライとその恋人(暫定)カノン、
そして魔夢が訪ねてきた。
入ったときに3人とも一瞬呆然とし、そして我に返る

「おおい!!!何で七面鳥ばっかりなんだよ!!」

「普通のツッコミに用はない!!」

ずびしっとライの渾身のツッコミを跳ね除けると、コールは料理に戻った。

「う、うむ。なんと独創的な盛り付けだろうか・・・」

「いや、無理にほめなくてもいいと思う・・・」

魔夢の渾身のセリフはライにつっこまれた。
とりあえず隅のほうに座ることにした人外組一行。
カノンはニコニコしながら

「ライ君!このプレゼントここにおいて置くね!」

と、ライとカノンのプレゼントをクロムのプレゼントの隣に置く。
それを見て魔夢も「うむ。捧げておこう!」と、
プレゼントを置こうとしたが身長が足りなかったため、カノンにおいてもらっていた。
そしてコールが「蛇かオオサンショウウオが好ましい」と言うが、スルーされた。

「なんていうか・・・」

ライは台所にて奮闘するコールに近づいた。
そして、言いにくそうにコールに話しかけるが、コールはサラダを今度は山ほど作っていた。
つまりは、あんまり聞いていなかった。

「俺も、ずっとあの後考えたんだけど・・・」

「何をだ?」

あまりにコールが真顔で聞くのでライは躊躇いながら言う。

「俺さ、やっぱりカノンちゃんが好きだから・・・その・・・」

「それは本人に言え。」

ずばっと切り捨てられた。
ライはぐぐぐと後ずさり、

「絶対カノンちゃんを幸せにして・・・絶対文句言わせないようにしてみせるから!」

と、なんとか言い切った。

「いや、だから本人に言え。それともこのプチトマト群を食らいたいのか!?」

両手に有り余るほどのプチトマトを構えてコールがにじり寄る。
とりあえず、妙な声を上げてライは退散した。
まったくとコールは呟いて、ため息をついた。



「おーう。コール!酒もって来たぞ!って、おお!何人分作ったんだよお前!!」

チャイムも鳴らさずに入ってきたのは花子だった。
「HUHAHAHAHA!トップシークレットだ!!」
「・・・つか、久々にその格好見た。」

花子が言うのはサングラスにサンタ帽の格好のことだろう。
コールはにやりとしてそれに反応する。

「さすがに見ほれるか!?」

「いや、なんか安心はしても見惚れはない。」

花子にすっぱり切られて「ぬぅ」とコールは食い下がる。
残念無念という顔だった。

「で、後の奴らは?」

「うむ。もうすぐ・・・」


「登場だぞ〜♪」

登場したのは秋を引きずってきたヨミだった
いつもどおりのローブでの登場である。

「テメッ!!ヨミッ・・・!!この嫌味な金髪野郎が来てるなんて聞いてねぇぞっ!!」

文句を言って抵抗している長身の秋を軽々引きずり、そしてぽーいと投げて放置した。
ぐえっという声とともに秋が沈黙する。
その後にとてとてと言う音とともに、元気な声が響いた。

「久しぶりなのっ!」

元気いっぱいに登場するエフ。
魔夢が嬉しそうに「久しぶりではないか!」と言う。
コールは「おお!」と驚きながらも笑った。

「うむ!全然変わらないな・・・!」



「全然変わらないのはどっちだ。」




声がした。
それは幻聴でもなく、紛れもない声。
元々、この家の主だった人物の声。


「何を呆けているんだ?祝ってくれるんだろ?」

「ふん。やっと帰ってきたか。」

「ああ。」



苦笑して部屋に入ってくる。
全てを壊されそれでも存在し続けた少年は、約束を果たしに帰ってきた。
神のような存在にも逆らい、存在しようと決めた少年はそこにいた。





「誕生日、おめでとう」



「ありがとう」





少年、アルギズは心底嬉しそうに微笑んだ。








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