<第七章  神々の狂想曲> 「第四話 約束せし存在」



白い部屋の中央に、緑色の髪の少女が佇んでいた。
以前見たような余裕のある表情ではなく、憎悪の浮かんだ表情だった。
憎々しげにゆがめられた顔は、かわいらしい面影をすべて捨て去っている。

「・・・役立たずが・・・」

そう呟いたのは、おそらく秋を思い出してだろう。
これも、彼女の引き金だったのだ。

「カノンを記憶喪失にしたのや・・・白を消したりしたのはお前か・・・?」

その問いに、緑は口端をぎゅっと持ち上げて笑う。
高らかに声が響き渡り、甲高い耳障りな声が木霊した。

「そう・・・そうよ?悪い?邪魔なんだからしょうがないじゃない?」

それでもまだ笑い足らないのか、ひきつるような声が響く。
精神的に追い詰められているのかもしれないし、
何かの拍子にタガがはずれたのかもしれない。

「ねぇ。アンタは自分のために生きてるんでしょ?
 自分勝手で独りよがりよね・・・でも、私は違うの。」

にっこりと、しかしひきつった笑みのまま言う。
その言葉の節々には憎悪がにじみ出ている。


「私はあの方のために存在してるの。
 私はあの方のためになんでもするの。
 私はあの方のために自分だって殺して見せるの。
 私はあの方のためにあなただって消してみせるの。
 私はあの方のために影を決して変えないようにするの。
 私はあの方のために自分の全てを捧げられるの。
 私はあの方のために仲間だって欺いて見せるの。
 私はあの方のために全部の世界を引き換えに出来るの。
 私はあの方のために何もかも捨てる事だって怖くないの。
 私はあの方のためにいつも笑顔でいてあげるの。
 私はあの方のために全部犠牲にしてあの方を助けるの。」


自分に酔ったかのようなそのことば。
歯止めを知らないかのように緑の言葉はつづいていく。

「私が一番あの方をわかってあげれるの。
 私が一番あの方を救ってあげられるの。
 私が一番あの方に近い存在なの。
 私が一番あの方のそばにいてあげなくてはいけないの。
 私が一番あの方の右腕にふさわしいの。
 私が一番あの方と共にいる権利があるの。
 私が一番あの方に好意を寄せているの。
 私が一番あの方に好かれているの。
 私が一番あの方が望んで生まれたの。
 私が一番あの方に手を伸ばしていいの。
 私が一番あの方に存在を許されているの。」


狂っていると思った。
しかも、これは他人によるものではなく自分によるもの。
相手に自分の理想像を押し付けた結果に起こったもの。
緑は両手を広げ、くるくると踊りだす。
嬉しそうな恍惚とした表情。
何故、こうも・・・


「何故自分のことしかないんだ?」


緑は、ぴたりと止まった。
そしてぎょろりとした目でこちらを睨む。

「自分のこと・・・?違うわ。私はあの方だけを思って生きてきた。
 存在してきた・・・それを、何故あんたなんかに否定されなきゃいけないの?」

「じゃあ、言って見ろ。その人がお前を望んでいるのか?それとも自分が望んでいるのか?」

「両方に決まってるでしょ・・・!」

「自分の理想を押し付けて、その結果が今の狂ったお前なんじゃないのか?」

緑は、もっと余裕をもっていたように思う。
記憶の中で一回、そして現実に一回だけしか見ていない・・・しかし、明らかにおかしい。
何かがあったのは確実だろう。
直接的か、あるいは間接的にか自分の気持ちを否定されたのだろう。
だから、こんなに狂ったように自分を肯定しようとしているのだろう。

「お前なんかに・・・お前のせいで・・・全部、お前のせいだろうがあああああ!!!」

殺気を隠しもせず緑が叫ぶ。
じんと肌にぴりぴり来るような危険な空気が漂った。

「お前のせいであの方は離れていった!!
 お前のせいであの方はおかしくなった!!
 お前のせいであの方はたぶらかされた!!
 お前のせいであの方は消滅を望んだ!!
 お前のせいであの方は変わってしまった!!
 お前のせいであの方は悲しそうな顔をした!!
 お前のせいであの方は私を拒絶した!!
 お前のせいであの方は考えを変えた!!
 お前のせいであの方は私を必要としなくなった!!
 お前のせいであの方は眠りにつくと宣告した!!
 お前のせいであの方は何もかもどうでもよくなったんだよ!!!」

叫んで、叫んで、叫んだ。
狂ったような憎悪や嫉妬が入り混じった声。

そこに、狂ったような母親が重なって、目を閉じた。

―お前のせいで?
―何を言ってるんだこいつは。
―どいつもこいつも・・・

「ふざけるな・・・・」

思いのほか低い声が出た。
怒りに震えた。

自分だって不条理だと思っていた。
自分だって何故そうなるのだと怒ったことはあった。
だけど、前に進めた。
それは、今を否定しなかったから。
すべてを否定して、今の緑のように全て人のせいにしたら楽だった。
嫌でも理由を探し出し、現実を受け入れるのはつらかった。
だけど、そうしないと前に進めなかったから。


「全部俺のせいだと言い切るなら・・・胸を張って言ってみろ。
 駄々をこねたように他人に理想像押し付けたと思ったら、
 今度は他人のせいだと・・・?ふざけるなよ・・・」

「黙れ・・・有機生命体に何がわかるの?
 あんたは何も知らないでそうやって人を踏みつけていったんだよ?
 私はずっとあの方と生きたかっただけなのに?」

「踏みつけているだろうな。俺のせいでもあるだろうな。
 だがな・・・それで前にも後ろにも進めないのは自分の責任だろうが・・・。」

がっちりと目が合った緑は、それでも睨んできた。
自分の全てかけて認めたくないことだろう。

「お前がそこに立っているだけしかできなくて俺が邪魔をしたならまだわかる。
 だが、お前は動けるし行動だってしていた・・・その行動を全部人に責任を負わせるのか?
 自分が今そこにいるのは自分の選択だろうが・・・!」

「違うっ!!私はずっとあの方のために動いていた・・・!
 だけど私の思いを無視して存在していたのはお前だ・・・!!」

「『あの方』にそう言われたのか・・・?違うんだろ?お前は自分の意思で動いていたんだろ?」

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」

「違わない。お前はお前だけの気持ちで動いていた。」

そう言い切ると、全身に衝撃が走った。
息をつくまもなく壁に叩きつけられる。
「・・・っ・・・ぐ」
緑が目の前で手を突き出して睨んでいた。
違うとずっとつぶやく、
ぐいっと見えない力でひきよせられて再度勢いよく壁に叩きつけられる。

頭が白くちかちかした。
肉体がなくても痛覚がわかるのだったな、とぼんやり思う。

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」

「いつまで、駄々こねてるん、だよ・・・」

思わず地面に突っ伏しそうな体を無理やり立たせる。
緑は頭を抱えていた。

「ずっと私はあの方のために存在し・・・あの方を一番想っていた・・・それなのに・・・」

「お前は、そいつの気持ちを考えていたのか・・・?」

「お前に何がわかる!!!???あの方は私だけがわかっているの・・・・!!!!!」

叫ぶように発せられた声。
それは悲痛な叫びだった。

「じゃあ、何で・・・お前は・・・今傷ついているんだ?」

―ズンッ

急に空気が重くなり、驚愕する暇もなく地面に突っ伏す。
息を吸うこともできずに地面に押さえ込まれている。
恐らく緑の、見えない力が働いているためだろう。

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!」

声を出そうとするがひゅうという漏れた息しか出なかった。
更に力を増されてさすがに苦しくなってきてあがこうとする。

「黙れえええええええぇぇぇぇぇぇ!!!」

ずだんと、勢いよく壁に叩きつけられて更に息が搾り取られた。
そのまま、ずるずると壁を伝って倒れる。
力で押さえつけられなくても、既に酸欠で指一本動かせなかった。

それでも、黙るわけにはいかなかった。

「・・・お前は・・・全部、変わったのに・・・全部否定してるだけじゃないか・・・」

「違う・・・まだ元に戻せる・・・だから・・・!!!」

「戻せないだろうな・・・お前が忘れたって、覚えている奴がいるんだから。」

「違う・・・!!黙れ・・・黙ってよおおおぉぉぉ・・・!!!」

泣き声が混じっていた。
やっぱり、子供みたいに泣きじゃくっていた。

「変わりたくない・・・?そんなこと出来るわけ、ないだろうが・・・。」

「私は永遠を生きている・・・!永遠に・・・ずっと共に行くの・・・!!!!!」

「永遠があったとしても、変わらないものはない。」

「違う・・・!!」

「現実に、変わってる。違うのか?」

なんとか、ゆっくり体を動かす。
きしんでいるが、別段骨が折れているわけでもないようだ。
もっとも、今の状態で骨がきちんとあるかどうかは別問題だが。

「有機生命体を見下していたお前達が、なんで進むことが出来ないんだ?」

いやいやとするように首を振る。
アルギズはゆっくりと緑に近づいていった。
緑はそれが見えてないかのように首を振り続けていた。
ゆっくりと前に立つと、告げる。
きっと、届いてくれるはずだ。

「その大切な奴は、きっとお前が動くのを待っててくれてる。」

「・・・え?」

ぽかんとしたような顔で顔を上げた。
恐らく、ここまで否定していたのは緑が『あの方』見捨てられると思い込んでいたからだろう。
そんなことはないとアルギズは確信していた。
きっと、『あいつ』なら。

「一緒に変わって、一緒に行こうと言うと思う。」

「私が・・・一緒にいていいって・・・あの人が?」

「ずっと一緒だったんだろ?だったら、少し変わったくらいで置いていくわけないだろ。」

「でも、あの方は・・・あの方は・・・」

「それをきちんと本人に聞け。思い込むな。」

へたりと緑はゆっくり座り込んだ。
あっけに取られたような、毒気を抜かれたような顔で虚空を見つめている。

「相手あってこそのことだろうが・・・そういうのは。」

今の状況だから必要とされていた。なんてことは普通はありえない。
その思い込みは、恐らく長いことを同じ状態で生きていたモノだからこそのもの。
恐らく、変わってしまって消えていった文明を見てしまったから思い込んでしまったもの。

何も変わらなくては、結局何も生まれず、意味もまったくない。

「そう・・・わかった。」

ゆっくりと呟くと、緑はうつむいた。
何も言うことがなくなったのか、それ以上は口をきく気がないらしい。


すると、ふっと目の前の壁に扉が現れた。
アルギズは最後に緑を一瞥すると、歩き出した。

「そっか・・・変わってもいいのか・・・」




呟いた言葉をききながら、ドアを開ける。
風が吹きぬけ、一瞬目を覆った。
そこにいたのは、白い部屋に佇んでいる者だった。

それは予想していたことではあるが、
そこにいたのは・・・


「やっぱりか・・・」

「んー。待ったぞ〜♪」

いつもどおりの笑みで、わーいというポーズを取っている。
やはり、想像していた通り――――『あの方』であるヨミが、そこに佇んでいた。











つづく

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