<第七章  神々の狂想曲> 「第二話 再会せし存在」



カノンと話をして、振り返った先には誰かがいた。
そしてその人物が手招きしていたので、アルギズはそこへと向かった。
罠かどうかなど疑う前に、正直、全然現状が把握できていない。

「お初にお目にかかります。アルギズ様。赤と申します。」

深々と丁寧にお辞儀をしてきたのは、赤い髪を長く伸ばした赤い目の和服を着た女性だった。
きっと、白や青、そして緑の仲間だろう。

「はじめまして・・・何のようだ?」

「用・・・といいますか。あの方のご希望ですので。」

赤は特に気を悪くした様子も無く淡々と述べた。
敵意は無いようだとアルギズは判断し、「なるほど」と呟いた。


「話を聞いてもいいか?」

「ええ・・・ですが、場所を移しましょう。」

アルギズの背後に目をやってから赤は言う。
頷くと、すっと赤は右手を差し出した。
何事かと思っていると、

「手を取ってください」

とだけ言う。
触っただけで相手を狂わすことの出来る青のことを思い出して少々顔をしかめた。
すると、赤はちょっと微笑む。

「何も怪しいことはしませんよ。」

その笑顔が偽りか本物か確かめる前に、
赤はこちらの左手を取った。



すっと暗転し、ぐらりと浮遊感が襲ってくる。
ゲートをくぐるときと似ているとちょっと思った。
しかしそれも一瞬で終わり、何もない白い部屋へとたどり着いた。

赤はすいっと手を離すと、いつの間にか中央にあった椅子を引いた。

「どうぞ」

そして本当にいつの間にか現れていた机を避けて、
引いた椅子の反対側の席に座る。
少し警戒しながらも、椅子の感触を確かめるように座る。
確かにさっきは何も無かったのだが、確かにそれはあった。

「ここは・・・?」

「そうですね・・・『世界』のはざまに作られた所・・・といったところですね。」

「世界の狭間・・・?」

赤は首をかしげるこちらを見て、思案するように上を見た。
しばらくしてこちらに視線を戻す。

「あなた方の世界の外には世界がありまして、
 宇宙のような物の中に星のような世界が数多くあります。
 ここはその宇宙のような何も無いところに作られた空間というわけです。」

「なるほど。『多重世界』というわけか・・・」

「驚かないのですね」

わずかにきょとんとして聞かれる。

「驚くも何も・・・『管轄』だの『管理』だのさんざん聞かされてたからな・・・
 予想はついた。」

「ええ。この付近は私の『管轄』です。
 しかし・・・それより聞きたいことがあるのではないですか?」

確かにそうだった。
世界がどうこう言っている場合ではない。
まず、自分の立ち位置がわからないことにはなんともならない。
だから今度は飾り気無く、


「・・・俺は、生きているのか?」


本題を切り出した。
すると、赤はゆっくりと首を振った。
予想していた返答に、少しだけため息をつく。

「じゃあ、死んでいるのか?」

その問いにも赤はゆっくり首を振る。

「じゃあ・・・」

「あなたは、確かに今は『存在』しています。」

赤はこちらのことばをさえぎって言う。
そのことばをゆっくり噛み締めると、赤を見た。

「しかし、あなたはあの『世界』で死ぬことも生きることも出来ません。」

「どういうことだ?」

「あなたの『場所』は・・・約3ヶ月前、『存在』を砕かれて奪われました。」

それは、なんとなくわかた。
3ヶ月前・・・といっても時間はあまりわからなかったが、
とにかく前に秋に自分を砕かれ、飛び散ったのだということはわかっていた。

「本来なら、その外れた『存在』になったあなたはそのまま消滅するはずでした。」

世界に認められていないものは消滅する。
言われている言葉でというよりも、実感としてそう思っていたため、とりあえず頷いた。

「しかし、あなたは縛られているため、消滅するだけは免れたのです」

「縛られて・・・?」

赤はいつの間にかあったお茶の入ったカップに手をつけて、
こちらにも進めてきた。
アルギズはそのカップを取って中を覗き込む。
どうやら紅茶の類らしい。

赤はお茶を一口飲むと、また口を開いた。

「『約束』しませんでしたか?影と。」

影がエフだということは覚えていた。
思い出すのは確か『ずっと一緒にいてやる』という約束。
しかし、それは・・・

「単純な・・・口約束だったぞ・・・?」

「口約束かどうかはこの際問題ありません。
 問題となるのは・・・影、エフ様と『約束』をし、あなたがそれを叶えようと思った。」

そこで一息つく。

「そして、エフ様もそれを望み、それを叶えさせるために力を使えたと・・・そういうことです。」

つまり、エフとの約束が消滅するのを防いだということだった。
理屈はわかったが、それだけで納得できるはずもない。

「エフが、俺といるのを望んだから存在できる、と?」

「そういうことです。もっとも、その力を使っているせいで・・・
 エフ様は今は深い眠りについておられます。」

「・・・俺が生きたいと願ったからか?」

「双方納得した約束だったのです。
 それで、ずっと存在を自力でかき集めたのでしょう?」

確かに、その通りだった。
飛び散った後、アルギズは自分の存在を集めた。
心どころか感情もない状態だった。
それでも自分を元に戻すため動いたのは「生きたい」という気持ちと、
果たしたい約束があったから。

「私は、ちょっと驚いているのです。
 ・・・有機生命体には、まだまだ驚かされるばかりですね。」

ふわりと微笑んで赤はお茶を飲んだ。
アルギズもそれに習って飲む。
久しぶりに感じた、味だった。

「あなたはエフ様に名前を与えてくださった。感情を与えてくださった。
 だから・・・あの方はあなたを気に入っているのですね・・・」

「エフは・・・影は何のことを指すんだ?」

「あの方の対になる・・・そうですね、消しゴム・・・でしょうか?」

「消しゴム?」

「『世界』は稀に、他の『世界』を壊すほど膨らむときや、
 存在しているだけで『毒』を発して他の世界に迷惑のかかるものもあります。」

「それを・・・消すのがエフ・・・?」

「そうですね。そして、消す世界を見定めるのも影です。
 『中心』から世界を見て、世界を見定める役目ですね・・・」

「そして、お前たち・・・赤、青、緑、白がその毒のある世界をそれぞれの管轄で探し出す・・・と?」

「ええ。」

信じがたい話を一気に聞かされ、少々疲れてめまいがした。
世界の大きな流れに横槍を入れる存在。
世界を消すことが出来る存在。
世界を管理している存在。

そして、その大きな力と『約束』をしてしまい、存在できる自分。

「・・・つまり、約束したから・・・俺は消えるべきだったと?」

「そうですね・・・不変のはずの影が変わるというのは、危険だと・・・思っていました。」

赤は少しだけ疲れたような、自嘲するような笑みを浮かべる。
そしてゆっくりと首を振った。

「しかしあの方は、それを望んでいました。楽しそうだから・・・と。」

「だが・・・」

「あなたには、本当に悪いことをしてしまいました・・・。
 私は、あの方の言うとおりに事を見守ろうとずっと考えていましたが・・・
 いえ、これは言い訳ですね。すいません。」

赤は別段、アルギズを悪く思っていないだろう事はわかった。
消えて欲しいと願っていたのは他の三色。
不変のものは変わるべきではないと願っていた者達。

「いや、多分・・・あんたがいなかったら・・・俺はもっと早く死んでいたんだろうと思う。」

「そう言われると、安心します。」

にこりと、ほっとしたような表情で言う。

「それで、俺はどうすればいいんだ?」

このままではまずいことはわかった。
元いた世界の『場所』はない。
つまり、このまま存在することすら許されない。
叶ったとしても、それはエフの眠りを強要される。

「2つほど・・・選択肢があります。」

「・・・言ってくれ。」

「1つ目は、このまま狭間を永遠に漂うこと。」

存在していい世界がなくても、中間地点のこの場所ならそれが叶うということだった。

「2つ目は、場所を取り返すこと。」

つまりは、双影 秋を消せということ。
奪った場所を同じように取り戻せば、それは存在できることになる。
アルギズは思案した後、赤を見た。

「ところで、世界に場所がないのに・・・
 何故お前たちは世界にいても排除されないんだ?」

予想外の言葉だったのか、きょとんと赤が呆ける。
その後首をかしげ、

「恐らく・・・それは、あの方のお陰だと思われます。」

と言う。
こくりと頷いて、アルギズは立ち上がった。

「じゃあ3番目だな。」

にやりと口端をあげて告げる。
赤はあっけに取られてこちらを見ていた。
それに一瞥をくれると、アルギズは扉に向かって歩き出す。
それは、本当にいつの間にか出現していた。

「待ってください。」

ドアノブを握ったところで、アルギズは赤の声に立ち止まった。

「どうするおつもりですか?」

「その『あの方』・・・ヨミのところに行く。」

その言葉に赤はわずかに目を見開いた。

「気づいて・・・おられたのですね。」

「まあ、なんとなく・・・だけどな。」

最初に会ったときから違和感があった。
四色の知り合いのようなそぶりを見せていた。
そして、白を「直す」とも言っていた。
そんなことをできるのは、恐らく作った本人。

緑や青の崇拝振りを見ても、『あの方』=『自分たちの創造主』だということくらいは予想がついた。

「それで、あの方・・・ヨミ様に会って・・・」

「話し合いに行く。それだけだ。」

「しかし・・・」

「ありがとう。」

自分でも不思議なくらい自然に笑みがこぼれた。
それは、純粋に赤が心配してくれているとわかったからだった。
それを見て、赤はうつむく。

「・・・すみません。それでも、私はあなたを手伝うことができないのです。」

「わかってる。迷惑をかけたな。心配してくれてありがとう。」

「アルギズ様・・・。あなたは、我々をもっと恨むべきです。」

「・・・まあ、それはおいおいな。それに・・・」

苦笑して言うと、赤はゆっくりと顔を上げた。

「少なくとも俺は、俺を認めてくれた奴を邪険に扱ったりはしない。」

「え・・・?」

「フェンリルのこと、エフって呼んでくれたのはお前だけだからな。」

赤、青、緑、白。
その中でアルギズがフェンリルに名づけた「エフ」という名前・・・
それを呼んでいたのは赤だけだった。
更に、「ヨミ」のこともそう呼んでいた。

「少し、嬉しかった。それだけだ。」

「そう、ですか・・・では・・・」

にこりと、赤は微笑んだ。

「また、終わったらお茶でもご一緒にいかがですか?」

「そうだな・・・お茶、おいしかったからな。」

「ええ。お待ちしております。・・・私自身の意思で。」

アルギズは、赤に敬意を払われてそう言われたと気づくと、
赤の目を真っ直ぐ見て頷いた。
赤は嬉しそうに微笑むと、頭を軽く下げた。




ドアノブをしっかり握って開ける。
何の音もせず、それは開いた。

外に出ると、そこはやはり白い部屋。
先ほどより大きな真っ白な部屋だった。
その真っ白の部屋の中に、一つの異物がある。


「よう。意外に元気そうじゃねぇか。」

片手を挙げて挨拶してきたのは、
自分と共に人生を歩んできた・・・今はアルギズの場所を取って存在できる。
双影 秋だった。






つづく


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