<第七章  神々の狂想曲> 「第一話 集合せし存在」



最初に感じたのは『痛覚』
そして感情や心や記憶がいた。
それらを必死で全て集めた。

繋ぎ止めていたのは『約束』
消えずにすんでいた理由は『約束』

守りたい、会いたい、生きたい

それら全てが『存在』をつなぎとめていた。
散らばった『存在』はやがてゆっくりと交じり合い、輪郭をかたどって行く。
それは薄くても、消えかけても確かに『存在』していた。

―・・・イ・・・キタ・・・イ

「最後まで生きてやるよ。約束する。」

―・・・・・・消・・・エナ・・・イ

「俺は・・・ただ、カノンちゃんを悲しませたくないんだ・・・」

―・・・生キテ・・・ヤ・・・ル

「なぁ、どうなんだよ。」

―生きて、やる。

たくさんの声が聞こえた。
散らばった存在はそれら全てを拾い、聞いていた。
だからこそ、絶対に消えるわけにはいかなかった。

存在を確かめるかのように立ち上がる。
あと少しで全てがそろう。
最後のパズルがそろう。

「生きてやる。」

その『存在』はぐっと拳を握り締め、言った。
その音は人には聞こえないような音を発し・・・消えていく。
きっと近くに最後のピースがある。
自分の霧散した存在がある。
『存在』は消えていく意識と戦いながら、呼んだ。

―チリン・・・

生物の耳にかすかに届く音は、鳴り響く――















カノン=アウラルはひっそりと静まり返った廊下を歩いていた。

先ほどライが落としていった写真を握っている。
これはきっと大切なものだと直感したカノンは、ライを追いかけていた。
しかし、逆に自分が迷子になってしまった。

どうしようかと思案し、写真に目を落とす。
確か、術式を用いて紙に今の風景を写したものだったはずだ。
そこにはライと、カノンと、そして見慣れない少年がいた。

この者のことを、カノンは知っている気がしたが、思い出すことは出来なかった。


―チリン・・・


誰もいない廊下に水の落ちるような、鈴を鳴らすような綺麗な音が響き渡った。
怖くなって辺りを見渡すが、誰もいない。

―チリン・・・


「あの、誰か、いますか?」

きょときょと辺りを見るが、誰もいない。
急に不安に駆られて早足で廊下を駆ける。

―チリン・・・チリン・・・

先ほどより近い位置で音が聞こえる。
ぎゅっと写真を握ると、そこに何か付着していることに気がついた。
淡く光るガラスのような薄い物。
指の先より小さなそれを払おうと写真をこするが、しっかり付着していて離れない。

―チリン・・・チリン・・・チリン・・・

カノンははっとして近くにあった扉を見る。
大きく立派なそれは、ライに案内されたときに説明された場所。

『王室』

誰もいないとわかっていても、少し緊張していた。

―チリン・・・

音は、王室から響いていた。
確かめなければならないという思いに駆られた。

ゆっくりと手を扉に触れる。
扉は、案外すんなり開いた。
きしんだ音も立てず、まるで中から引き寄せられかのように。

―チリン・・・

王室には誰かがいた。
いや、『何か』なのかもしれない。

それは少年の姿をかたどっていた。
しかしわずかに透明感があり、この世のものではないような雰囲気を発していた。
少年は入ってきたカノンを見ると、ふっと微笑む。
そしてゆっくりと歩いてこちらに来た。

―チリン

少年の口が動いた。
先ほどから聞いていた音が響き渡る。
きっと、それは声なのだろう。
ただし、聞き取れなのだろう。

不思議と怖さは感じなかった。
少年が、写真に写っていた少年とよく似ていたからかもしれない。

―チリン・・・

少年は近くまで来ると、すいっとカノンの手にある写真を指差した。
カノンはその意味はわからなかったが、とりあえず少年の前に写真を差し出す。
少年はこくりと笑顔でうなずき、先ほどから付着していたガラスに触れた。
写真に付着していた光は吸い寄せられたかのように少年に消えていく。

「ありがとな。」

低い声が目の前から聞こえてカノンは驚いた。
先ほどより存在感が強くなった少年から発せられたものだった。

「さっきの『あれ』が、俺の探していた最後の破片だったんだよ。」

にやりという笑顔に近い顔をする。

「あの・・・あなたは・・・?」

「アルギズ。」

少年は迷わず答えた。
そして、続けてこういう。


「アルギズ・F・ソウェルだ。」


その名前が懐かしいもののように感じ、少し暖かい感じがした。
不安も、恐怖も、まったく感じない少年だった。

「アルギズさん・・・あの、あなたは・・・幽霊さん・・・ですか?」

「似たようなものだな・・・一つ聞いていいか・・・?カノン・・・さん」

「はい。」

「お前は・・・今、幸せか?」

「はい・・・!」

笑顔で答える。
確かに今、自分は幸せだ。
記憶が無くなって、不安だった自分を肯定してくれた人がいる。
自分を慰めて、好意を寄せてくれた人がいるから。
それを見て、アルギズは苦笑した。
そして、ゆっくりカノンの頭に手を乗せてなでてくれた。
感触は、まったくしなかった。

「お前はやっぱり、強いな・・・」

「そう、ですか・・・?」

「最後に、一つ頼まれてくれるか?」

「私に出来ることでしたら。」


「9日後くらいだったかな・・・10月24日―俺の誕生日なんだが、よければ祝ってくれないか?」


めっきり祝ってくれる人がいなくなってなと、アルギズが苦笑した。
10月24日・・・
それは、なんとなく心に響くものがあった。
きっと、この人とは知り合いだったのだという事実を心が告げる。

「はい。喜んで。」

だから、精一杯微笑んだ。
少し悲しそうに笑うアルギズのために。

「ありがとう。じゃあ、ライと俺の住んでた所に来るよう言ってくれ。」

「はい。じゃあ・・・あの・・・」

すっと小指を差し出した。
アルギズはきょとんとしていたが、「ああ」と微笑んで自分の小指も差し出し、カノンのと絡める。

「約束だ」

やっぱり感触のしないはずの手が、暖かく感じたような気がした。

「はい。約束です。」

精一杯の笑顔で応じた。
アルギズは指を離すと、カノンに背を向けて歩き出した。
王宮の奥へと歩いていく。
そこには、赤い髪の女性がいた。
いつの間にかいたその人物に、驚く。
アルギズは数歩歩いたところで止まると、こちらを見てやわらかい笑みで言う。

「ライとは、幸せにな。」

いきなりのことに戸惑い、何を変えそうかと迷っていると、アルギズはまた歩き出した。
そして今度はこちらを振り返ることも無く、赤い髪の女性に話しかけて、

消えた。


まるでさっきの事実が夢だったかのように、跡形も無く消えた。
カノンは、呆然とその場に立ち竦んだ。
今、記憶がごちゃごちゃしてしまっている。

なんとなく、嬉しいような、悲しいような気持ちがごちゃ混ぜになる。
小指を見て、カノンは困った顔をした。

少し痛む胸を押さえて、カノンは歩き出す。
王室を出る前に最後に一度だけ振り返り、そして、何もいないことに落胆するかのように肩を落とした。
それでも、と思う。

小指に残ったわずかな暖かさが、約束だけが彼の存在を残している気がした。

「約束・・・だよ。アルギズ君。」

何故だか無性に悲しくなる気持ちを抑え、カノンは今度こそ王宮を出て行った。











つづく

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