<第六章 それぞれの話> 「第四話 野望が叶わぬ少女の話」



白い部屋に、白い椅子。
白い机に壁。

すべてを白く塗り固められた部屋に、緑はいた。
丸い部屋の中央にベットがあり、そこに寝ているフェンリルがいる。
その少し離れたところの椅子に、緑は座っている。


「起きられましたか?」

「赤・・・」

入ってきたのは髪の赤い女性。
長い真紅の髪を今日は束ねていた。

「いえ。ずっと眠ったまま・・・」

緑はフェンリルに視線をやり、そして赤に視線を戻した。
そして問う。

「あの・・・あの方は・・・?」

「あなたの・・・白を消したことや青をけしかけたことについては・・・
 不問とするそうです。もうすぐ白も起きるでしょう。」

「私は・・・」

「あの方が知らないはずないでしょう。」

赤は丁寧だが、強い意志を持って言い切った。
そのことばに緑はうなだれる。

「私は・・・あの方のために・・・」

「緑。」

赤は緑のすぐそばまで来ると、椅子に腰を下ろす。
そして真紅の瞳で緑を見据えた。

「あの方がさっき何て言っていたかご存知ですか?」

「い、いえ・・・私はずっとフェンリル様のそばにいましたので・・・」

「『つまらない』です。」

「つまら・・・ない?」

「あの方が・・・未来を見ないために目を閉じてるのはご存知ですよね?」

「えぇ・・・」

「そのあの方が、一度だけ私たちに未来の内容を教えてくださったことがありましたね。」

「えぇ。」

赤は緑からフェンリルに視線を戻す。
そしてゆっくりと口を開いた。

「『後200年くらいしたらフェンリルが変えられるかもしれないね。』・・・でしたね。」

「ええ。覚えています。」

青、赤、白、緑。
その4人が集まったときに、偶然言ったのだ。
世間話の中で、偶然。

フェンリルは影だった。
影は不変の存在であり、変わってはいけないものだった。
それが変わるということは根本的なものが覆され、
そして自分たちの存在が消える可能性があるということだった。

影に必要とされない者は、消えるしかない。
あの方も、影に自分たちが必要と考えて生かしているのだと思う。

「『ある一点と接触したら、変わっちゃうんだろうね。』とも言いました。」

「偶然・・・あの方の未来視では、フェンリルと完全に対になる魂の波長をしていたと。」

波長が逆向きである魂や、完全に一致した魂は、お互いに惹かれあう傾向にある。
その者同士しかわからない感覚を共有したり、意思疎通が出来たりする。
つまり、フェンリルを変えられる存在が、未来に現れるということだった。
そして、フェンリルと波長が完全に対となる魂は・・・

「あの方も、変えられる可能性があった・・・ということですね。」

フェンリルとあの方の魂の波長は完全に逆。
そして、とても特殊な例のため、合う波長の者が現れることはなかった。
それが現れる。

つまり影とあの方が変わり、自分たちの存在の根本から覆されるかもしれないということだった。
自分たちが消滅するかもしれない。
下手をするとフェンリルだって消えてしまうかもしれない。

それだけ、自分たちにとって変化は危険なものだった。

「だから・・・私たちは、未来をなんとか見て・・・・危機を回避させたのです。」

「ええ。私も・・・その頃は危険だと・・・思っていました。」

赤は呟いて目を閉じる。

4人がかりでやっと、できた未来視は一瞬だった。
未来に影とあの魂は交わる。
そうわかった途端、4人は行動しようと思った。
影と交わる運命を阻止し、自分たちが変わるのを阻止しようと。

しかし、そこで。

「赤。あなたは何故・・・やりたくないって言ったの?
 あなたがいたら・・・すぐにでも・・・」

「緑。それは、私がやめると言ったときにもいったことです。
 『あの方が望んでいない』と。」

「それはないでしょう?あの方は危険をわざわざ教えてくださったじゃない。」

緑の願いは・・・単純だった。
あの方に認められること。
存在を許されること。
そして、あの方と共にあること。

そのためにはなんでもする。
自分が消えそうなら原因を潰す。
あの方が消えそうなら原因を潰す。
危険があれば回避して、『今』を維持し続ける。

だから、行動した。
影が変わるということは危険だった。
ずっと不変な存在が変わるということは、存在の変貌を表す。
ずっと不変な存在が変わるということは、それだけ消滅の危険を伴う。
永遠を維持するには『変わらないこと』が一番効果が高い。

我々は世界を守らなければならない。
―それがあの方の望んだことだから。
我々はあの方のために存在しなければならない。
―それがあの方の望んだことだから。
我々は変わることは許されない。
―それがあの方の望んだことだから。


「私は、あの方のために動いています。後悔はしてません。」

「あなたは・・・根本的なことで誤解しています。」

赤は静かに告げた。
その静か過ぎる呟きに、緑は口を閉じる。

「あの方が何故いつもはしない未来視をして、
 あの方が何故いつもは口にしない未来の話を教えてくださったのですか?」

「それは・・・」

―危険だから
―消えたくないから
―変わりたくないから

「違います。」

赤はゆっくり首を振って、眠り続けるフェンリルの頭に手を置いた。
そして微笑みながらゆっくり撫でる。

「あの方は・・・嬉しかったんですよ。」

「嬉しい?そんなはずは・・・」

「つまらないから未来をみて、そして変わることを喜んだのです。
 だから、私たちに『嬉しそうに』教えてくださったのです」

「そんな・・・でも、・・・」

「私は何度も言ってきました。あの方の本意は別にあると。
 あなた方は・・・取り返しのつかないことをしてしまいましたね・・・。」

「あの方が消えてもいいと?」

「あの方は・・・白を復元させたら『眠る』と言っています。
 何百年になるかわかりませんが・・・」

「眠る・・・?つまらない・・・から?」

「ええ。・・・緑。あの方は、別に消えてもかまわなかったんですよ」

赤はフェンリルから手を離すと立ち上がった。
すいっと音もなく動き、外に向かう。

「最終的に消えてしまうかもしれなくても、楽しみにしてたんです。ずっと。」

最後に悲しそうな表情を浮かべて、赤は扉を閉めた。
取り残された緑は混乱するばかりだった。



赤の戯言だろうと一蹴したい。
しかし、現にあの方は眠ろうとしている。

あの方のために行動して、
あの方を消さないために行動して、
あの方とずっとそばにいたくて。

―『つまらない』

嬉しそうに?
変わることが?
消えることが?
長い間存在してきたあの方が?

自分は消えたくなかった。
永遠をあの方と共にしたかった。
そのためなら何でもする覚悟があった。
仲間を裏切る覚悟もあった。

それなのに、

―『つまらない』

気に入らない。
気に入らない。気に入らない。
気に入らない。気に入らない。気に入らない。

最後の最後までまとわりつくあの少年の存在。
神をも凌駕するあの方の邪魔となる存在。

あの方を消えてもいいと思わせたのは、
変わってもいいと思わせたのは、
自分とあの方の共に行く道を遮るのは・・・

全て、あのウジムシのせいだった。
たった一つの有機生命体に自分の生きがいを邪魔された。
たった一つの有機生命体に自分がしてやられた。

気に入らない。
気に入らない。気に入らない。
気に入らない。気に入らない。気に入らない。

緑の体内に憎悪が渦巻く。
ぶつけようのない怒りが渦巻く。

世界を管理する自分が、
有機生命体とは一線を画す自分が、
永遠の命をも持ち合わせる自分が、
見下していた有機生命体に・・・


「許さない・・・」



呟いた呪詛の言葉は誰にも届かない。
野望を叶えることが出来ない少女は、体内に宿す憎悪を膨らませる。
そしてぶつけようのない怒りを、体内に留めて更に膨らませた。






つづく


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