<第六章 それぞれの話> 「第三話 願いが届かぬ青年の話」



風が吹いている。
そう思って顔を上げた。
ボロボロである借家は壁がところどころ壊れ、隙間が出来ていた。

太陽の昇り具合を見て、もう既に昼なのだろう。
外が少し騒がしくなっていた。
少し伸びをした後、秋は立ち上がって窓を開く。
きしんだ音を立てて外が見えるようになった。

目の前に見えるのは大きな城。
そして城下町に住まう人間ではない生物。

天霊。

自分の血は、半分ここの式神のものだった。
もう半分は、別の式神のものだ。
人間と勘違いされることも多いが、
両方の血を色濃く受け継いでいることも知っていた。



まさかこの国の王子を殺したのが自分だろうとはだれも思わないだろう。
民衆が葬儀の準備をしているだろうことを知ると、口はしに笑みを浮かべた。

最大限にスキが出来たアルギズを、内側から切り裂いてやったのは自分だった。
いつもは確固とした意志で強くガードされているそれは、
あの瞬間だけ無防備だった。

どんな物体だろうと切れるこの能力で、アルギズの『存在』を切り裂いた。
自分の能力は魂だけになっても出来ることは知っていたが、
残念なことにあの魂は防御力が異様に高かったことを覚えている。

自分の存在がアルギズを変えた。
黒髪で生まれてくるはずだったあいつの髪の色も、自分に似てしまったようだ。
長い時間外に出ようと能力を使い続けていたためか、
あいつの能力が変化をしてしまったようだが、今となってはどうでもいい。

結果的に、アルギズの存在は粉々に砕け散り、こうして今ここにいる。

緑の少女はあの後姿を消してしまったため、問い詰めることも出来なかった。
最初から、秋に妻との約束を果たす選択肢はなかったのだ。
過去に戻ることなど出来ない。
この世界ではとっくに妻は死に絶え、自分のいた故郷もなくなっている。


それでも、生きたかった。


―所詮、俺様は自分勝手な生き物だからな。


かつて、定着した直後は殺そうともがいていたが、アルギズに興味を持ってしまった。
だから自分以外がアルギズを殺そうとすることは止めた。
アルギズが死なないようにした。
襲ってきた奴がいたら少し手助けもしてやった。

自分以外に殺されることを許さなかった。
恋人との約束を果たしたいなら、ちょっと待ってやろうかとも考えた。
かつての自分と似たところを見ていた。


―俺様も、あいつに変えられたって事だな。


今となってはどうでもいいことである。
窓の外には慌しく城に向かっている人々がいた。

あれから三ヶ月、無意味な時間をすごしてきた。
これからどうするかもわからない。
どうして生きたいと願ったかもよくわかっていない。

あの時は、確かに生きたいと思った。
存在自体を砕いて輪廻に戻れず消滅するアルギズに勝ったと思った。

だけど、今は何故それをしたかよくわからなかった。


後10日ほど経てば10月24日となる。
秋も、そしてアルギズも誕生日である日。
偶然なのか、だから緑が選んだのかはわからない。
ただし、確かに待ってやろうと思っていたのは嘘ではなかった。

コールとかいう奴が生きられるといった瞬間、
柄にもなく「よかったじゃねぇか」とも思っていた。

だけど、最後のあの瞬間。
アルギズが絶望に包まれた瞬間はどうしても、攻撃するしかないと思った。
無防備なあいつを砕け散らすことしか頭になかった。
それなのに、生きてしまった自分がこんな無駄な時間を過ごしている。

―なぁんだ。

秋は窓枠にもたれかかり、自嘲する。

―俺様、後悔してるんじゃねぇか。

三ヶ月も似たようなことを考えていた。
そして、ようやく出た答え。
それがどうというわけではない。

自分は、生きたかった。
ただし、本当はもっとアルギズの人生を見ていたかったのだ。
もっと普通に会話をしたかった。
「俺様は実は全部知ってるんだぜ」と、からかってやったら面白かったのかもしれない。

だけど、それはもう叶わぬ願い。
自分の妻である桜との時間も、戻ってこない。
自分の面白いと思った人物との時間は、もう過ごせない。

―なぁ、どうなんだよ。

最愛の人物も、15年共に痛みを共有した人物も。
もう戻ってこない。

秋は窓枠から離れてドアに向かって歩き出した。
床がきしんで埃が舞う。

―桜、アルギズ・・・どっちももういねぇんだな。

今考えると、どちらも『後悔しない』と豪語する強い人間だった。
それに比べて、自分はとても弱い人間だ。

弱くて、卑怯な存在だ。


ドアを握って開く。
外の眩しい光に目を細める。


アルギズの葬儀は午後から。
今から行っても間に合うだろうか。
またあのコールとかいう輩に殴られるかもしれない。
しかし、行かなければまた後悔するだろう。

「俺様ってば優しいな♪」

誰にも聞かれることのない独り言を呟き、歩き出す。

貢物でもいるのだろうか。
あいつネギ嫌いだったな、大量購入してやろう。
それで弔いつつもからかってやろう。
そして・・・そして・・・




願いの届かぬ青年は、見えない誰かに話しかけた。
いつも一緒だった少年に、話しかけた。

それはひとつも届かず、空中に霧散する。
それが無意味と知りながら、
青年は自分自身の悲しさをごまかし、
嬉しそうに城へと歩いていった。












つづく


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