<第六章 それぞれの話> 「第二話 想いが実らぬ少年の話」



「ありがとうございます!」

花束を受け取り、カノンはぱっと笑みを浮かべた。
その笑みにちょっと幸せを感じながら、ライは置いてあった椅子に座る。
アルギズが死んでから三ヶ月。
カノンは城の中にある医療施設で療養していた。
この医療施設には、『魂の定着』という原因で衰弱した人々もいた。
魔夢という少女と、父であるシエルによって全てが公表された。
最初はひと悶着あったようだが、父の働きによって、国はよい方に動き出したようだった。
アルギズが死に、アルファが死に、それでも国は動いている。

町で倒れていたカノンを見つけたのはライだった。
怪我はなにもないのに、記憶だけがすっ飛んでいて、錯乱しそうだった。
その上、その直後にアルギズも死んでしまった。

三ヶ月たった今でも原因はわからない上に、どうも記憶はもどりそうにない。
自分の名前どころか物の名前すらときどき忘れている。
しかし性格は以前と大して変わっていない。
それだけがライにとっても救いだった。
そして、ある意味記憶喪失のままの方が救われるだろう。
仲良くしていた友人が死んだとわかれば、彼女はきっと悲しむ。

「あの・・・そういえば、今日何か催し物があるそうですが・・・」

ここにわざわざ来てもいいのかと心配しているのだろう。
ライはぶんぶん首を振る。

「いいのいいの!!それは午後からだからさ!
 それに、俺はカノンちゃんと話してる方が楽しいし!」

カノンの頬がわずかに赤くなり、うれしそうに笑う。

「ありがとうございます。ライさん。」

「あー!もういいって!普通のことばにしようぜ!後!さん付け禁止!」

その言葉にクスクスカノンが笑う。
何度も言っているのだが、どうも今のカノンはちょっとイタズラ心があるようだ。
ライの反応をわざとうかがっているようにも見える。
仲のよい者同士がする無邪気なイタズラ。

「うん。わかった!ライ君!」

いきなりの花の笑顔にくらっとする。
いつも通りの反応にカノンはますます笑みを深くした。


最初の一ヶ月ほどこそ戸惑っていたが、カノンは今は普通に生活している。
社会適応が確認されればもっと自由に外を出歩けるだろう。
そうしたら、どこかに出かけようとライは心に決めていた。

「あの・・・ライ君。聞いてもいい?」

「ん?何?カノンちゃん?」

「その、ライ君って好きな人・・・いるかな?」

「え?・・・いやぁ。その・・・ま、まぁ。」

照れてカノンから目をそらす。
カノンもちょっと照れたように笑った。

「ごめんね。変なこと聞いて・・・。あ。後ね、」

カノンがあわてて話題を逸らす。




「10月24日って何の日だっけ?」






「え・・・?」

「ずっと考えてたんだけど・・・私の昔の記憶ってこれだけなの。」

しゅんと落ち込んだカノンは、しかしこちらをじっと見つめている。
答えを待っているのだろう。
10月24日。
カノンの誕生日ではない。もちろん、自分でもない。
それは多分。


『アルギズの誕生日』


アルギズはライのように誕生日を祝ってもらうことがないため、
印象がものすごく薄い。
本人も祝ってもらうことを望んでいなかったようにも思う。
城中の人間が覚えてないといってもいい。
だが、多分親しくしていたカノンには伝えていたのだろう。

もしかしたら、これを切り口に記憶を思い出すかもしれない。
しかし、それは本当にカノンのためになるのだろうか・・・?
わざわざ、辛い思いをさせる必要はないのではないだろうか。

「ごめん。ちょっとわかんないなぁ。」

「そっか。じゃあ。ライ君の誕生日は?」

「5月17日になるな。うん。」

「そっか。絶対お祝いするね!」

カノンは満面の笑みを浮かべた。
とてもうれしい。
好きな人に誕生日をお祝いしてもらう。
それはとても・・・何というか、

「こ、恋人・・・みたいだね。」

思わず呟いた言葉に、カノンは真っ赤になった。
うつむいて呟く。

「え・・・あ・・・うん。」

その反応にライもうつむいてしまう。
顔が赤いのがわかる。
心臓が高鳴っているのがわかる。

落ち着こうと周りを見渡したが、個室なので当然誰もいない。
そのことが余計に2人きりだということを強調させていて、
心臓が更に高鳴っていく。

「あ、あのね・・・ライ君。」

「え、えっと・・・何?」

2人して真っ赤になりながら話す。
どうも。目をあわせられない。

「私・・・記憶なくて・・・その、迷惑とかかけちゃってるけど・・・その・・・
 ずっと考えてたの。記憶のあった前はどんな人だったんだろうって・・・。」

「う・・・ん。」

「だから、その・・・迷惑だったら、無理・・・しないでね?」

「な、何言ってるんだよ!!」

ライはがばりとカノンの肩に手を置いてこちらに向き直らせた。
カノンが驚いたようにこちらを見る。
ちょっと目が赤く、そっと泣いていたのだとわかる。

「記憶のなくなる前も後も!カノンちゃんはカノンちゃんだよ!!
 俺が勝手にやってるだけなんだよ!カノンちゃんには責任ないんだよ!」

「でも・・・」




「俺はカノンちゃんが好きだから!力になりたいんだ!
 絶対悲しませたくなんかないんだ!」




・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。


沈黙が流れた。
カノンが驚いて固まっている。
ライも、自分がしてしまった失言を思い返し、赤くなる。
ほぼ同時にカノンも真っ赤になっていた。

ばっとカノンから手を離して椅子に座りなおす。
カノンもライが持ってきた花束に顔を埋めている。

―こ、告白して・・・して・・・し・・・まった・・・!

「あ、あの・・・ライ君。」

ライが頭の中でパニックを起こしていると、遠慮がちにカノンの声が聞こえた。
頭をかかえていたライがそっと目を上げる。

「私・・・その・・・記憶のない私でも、いいのかな?私、ライ君の思い出・・・思い出せないのに・・・」

「あ、当たり前じゃないか!」

「そっか・・・あのね・・・私も、私もライ君のこと大好き!」

カノンがライに飛びつく。
それを受け止めて抱きしめる。
顔は熱かった。心臓は壊れるんじゃないかと思うくらい早かった。
それでも、腕の中の感触だけは確かにあった。
これは現実だ。






「・・・・・・ライ。」

どすの聞いた声が聞こえた。
びっくりして2人は同時に離れる。

「アアアアルギズ!!これは・・・その・・・って、あ・・・」

病室の前にいたのはコールだった。
本名はヴェルコールで、継承権を破棄した自分の従兄弟。
黒いスーツを着込んで扉を開けて立っている。
つい癖でアルギズと呼んでしまったが・・・この世にいるはずがないのだ。

「ヴェルコール・・・」

「時間だ。さっさと来い。」

冷たい表情と口調で言われる。
ライはカノンに笑いかけると、扉に向かって歩き出した。

「ライ君・・・!」

その言葉に振り返る。
笑顔で幸せそうなカノンが、頬を赤らめていた。

「ありがとう!」

その言葉に、ライは力強く頷いた。







廊下に出てしばらく歩く。
コールは始終無言だったが、しばらく歩いた後、突然振り返った。
あまりのことに驚いていると、頬に衝撃が走って転んでしまう。

殴られたと理解するまでにそう時間はかからなかった。
痛む頬を押さえて文句を言おうと上を見て、
そしてコールの表情を見て凍りつく。

怒っていた。
これまでに見たことのない表情だった。

「貴様は・・・本気で・・・・・・残酷な奴だな・・・」

感情を押さえつけたような低い声で言い、睨まれる。
メガネの奥の瞳にちらちらと怒りの炎が見えた。

「残酷・・・?」

「・・・を・・・知らなかったのか?」

「え?」

聞き取れずにいると、胸倉を掴んで引っ張りあげられた。

「あいつとアルギズは恋人だったのを知らなかったのかと聞いている!!」

頭を殴られたかのような感覚がよぎる。
コールの怒声を至近距離で聞いたからでもある。
だが、精神的ショックの方が大きかった。

「恋人・・・?」

コールはライを放り投げるように放すと何も言わずにまた歩き出した。

「それ・・・本当なのか?」

「気づかない方がどうかしている。」

はき捨てるようなコールには、嫌悪の表情しか浮かんでいなかった。
そんな表情をされて、怒らないほどライは出来た人間ではない。

「でも・・・なんでそれで怒る結果になるんだよ!」

その叫びにコールは振り向いた。
怒りと驚愕と呆れが入り混じった表情。


「じゃあ・・・あのままカノンちゃんを悲しませとけって言うのか!?
 死んだ人間はどうにもできないんだから!!生きた人間を救いたいのは当たり前だろ!!」


ふっと、コールの瞳から光が消えた。
表情という表情が消えうせた。

「正論だがな・・・お前のはただの自己満足だ。」

その声色は何も・・・いや、含まれていたのは『失望』だった。
何も言わず、コールは再び歩き出す。

「俺は・・・ただ、カノンちゃんを悲しませたくないんだ・・・」

その言葉に、コールは何も答えなかった。
ただ立ち尽くすだけしか、今のライにはできない。

自分の選択は間違っていない。
そう信じた。





想いの実らぬ少年は、違う形で想いが叶った。








つづく



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