<第六章 それぞれの話> 「第一話 何も変えられぬ科学者の話」



のそりとコールが起き上がる。
日は既に高く昇っている。
最近、自分でも起きるのが遅いと感じていた。

いくら出勤が遅くても許される身とはいえ、さすがに生活に支障をきたすのはよくない。
このままでは生活どころかすべてがだめになるだろう。
ふむと呟いて体を起こしていつもの服に袖を通す。

メガネを取り、いつものようにかける。

足元に転がる意味不明な設計図を発見し、拾い上げる。
ゴミ箱に入ったサングラスとサンタ帽。
それらを一瞥すると手元にあったごみを拾って投げる。
放物線上を描いてゴミはゴミ箱に収まった。


あれから、3ヶ月とちょっとが過ぎた。
季節は既に秋であり、日付は10月14日。
残り十日でアルギズの誕生日だった。

生きていたら16歳の誕生日だった。
そしてそれは叶わぬまま、明日、行方不明だったアルギズは死亡扱いを受けることになる。
手続きなどはすでに終わっているらしいが、
正式に葬儀が執り行われるのは明日・・・天霊国でのことだった。


アルギズを消したと言っていた秋はきっちり一回殴っておいた。
そして剣を具現化させて切りかかったが、その剣をどうやったのかわからないが、叩き折られてしまった。
実際、引き分けといったところだろう。

親友の死というのは、中々実感がわかないものだ。
いつの間にか、またいつものように戻ってくるのではないかと思ってしまう。

そして、いなくなったといえばエフや青についてもそうだった。
いつの間にか忽然と姿を消してしまった。
エフについては魔夢が緑に連れ去られたと証言している。
コールにとってもかつての盟友である魔夢が嘘をつく理由も思い当たらず、
闇雲に事実を繋ぎ合わせても、何もわかることはなかった。
結局、何の確証も持てぬまま時間が過ぎた。



コールは鍵を取って外に出る。
外から眺める今の家、元々アルギズが住んでいた一軒家は、
主が変わったにもかかわらず何も変わっていなかった。

寮の方が会社に近いのだが、あえてコールはこの家を引き取った。
幸いローンは払い済みらしく、簡単に手続きを終えることが出来た。

今日も天候は秋晴れ。快晴。

特に何も考えずに歩く。
ふらふらと歩いていると、前方から人影が出現した。
どこからともなく、である。

「いよっ」

そういったのはナンパ師幽霊クロムである。

「久々だな〜。元気してたか?」

「フム。快調といったところだな!」

ふざけたように笑う。
すると相手も笑みを返してきた。
3ヶ月前、帰ってから魂の定着云々を説明すると、
クロムは『あ〜。そういやなんか引っ張られたのにはじかれた気がしたなぁ。』と、
なんともてきとうに言われてしまった。
そもそも、もう定着する相手自体がいないのだからどうでもいいといえばどうでもいいのだが。

「で、明日だっけか。葬儀。」

アルギズの事情も全て知っているクロムは、
あえて深い意味を込めずに言う。

「ああ。」

「出席するのか?」

「一応あの国の第一位継承権持ってるんだぞ。俺。」

「おー!そういや王子だったな!さすが!オレは気品あると思ってたよ!」

「フフン。さすがだな。」

ふざけてみてもツッコミがいないことに余計むなしくなったが、
仕方がないので肩をすくめる。

「で、継ぐの?」

「いや。継がん。面倒だ。」

「ん?あれ?そうなの?」

ということはアルギズが愚痴ってた従兄弟が継ぐのかよとクロムはぶつぶつ呟く。
コールは終わっただろうな。あの国。
などと笑いながら言う。
多分、アルギズがいないのだからあの馬鹿従兄弟もがんばるだろうとは思っている。

「さて、と。オレはもう行くぜ。会社頑張れよ〜社会人〜」

「フン。ナンパ師よりいい結果を残してやろうではないか!」

「何!?オレより彼女作るのか!?それは肉体があってできることだと思っているのか!!」

「フム。自覚はあるんだな。無理している。」

「フッフッフ・・・企業秘密さ。んじゃ・・・ま、無理すんなよ。」

クロムは妙な笑いを残しながらふっと消えた。
どうやらあの幽霊はまだまだ人生長そうだ。
長く生きて、長く存在して、きっと弟より長く生きるのだろう。

「かわいそうな奴だな」

誰にでもなく呟く。
自分より先に逝かれるというのは、どうも苦手なようだ。
科学者として、生と死の線引きははっきりしているのだが、
どうもやりきれない。


再び歩き出すと、前方から歩いてくる女性がいる。
と、言っても女性にまったく見えないのだが。

「よ。」

そう言って手を上げてきたのは鹿馬 花子。
コールの幼馴染であり、同じ会社で勤めるもの同士であり、
コールの想い人でもある。
もっとも、花子はクロムにべた惚れなので、
この想いに気づくのは当分先となりそうな予感はしている。

「なんだ?会社はどうした?」

「おいおい。昼頃に出勤してる奴が何言ってるんだよ?」

「フフン。俺は3時間労働と決めているんだ。」

「全国の社会人に!そして俺に謝れ!」

「ウム。悪かった。」

自分の身長を軽く超えている花子の前まで来ると、
花子は自分の隣で並んで歩き出した。
ある意味並んで散歩というのは理想的ではある。
が、残念ながら傍から見るとただの男友達にしか見えない。

「にしても・・・お前真面目になったよな・・・はっちゃけてたのに。」

「今更言うことか?それは?」

じろじろと服装を見ている花子が訝しげな顔をしている。
コールは手をふりながら言う。
今更だった。
コールが独自のファッションをやめてもう二週間経つ。

「それさ。誰かさんが死亡扱い受けてからやめたんだろ?」

「フン。あいつが俺の人生やファッションに口立ちなどは言語道断!」

もちろん。嘘だった。
そんな嘘を花子はもちろん見破っているのだが、何も言わない。

「あのさ。結構心配されてるんだぜ?松田とか一条とか・・・」

「なるほど。今日はそいつらに頼まれて来たのか?」

「違うって。・・・俺も心配なんだよ。」

「・・・・・・そうか。」

しばらく沈黙が流れた。



「お前はさ・・・」

花子が唐突に口を開いた。
横に目をやると、花子が真剣な眼差しでこちらを見ていた。

「まだ、死ぬなよ?」

「死なん。」

「あいつの分まで長生きしろよ?」

「あいつの分は残り三ヶ月だったぞ?」

「だから、さ。」

そこで花子は口をいったん閉じる。

「つらかったら相談しろよ・・・?俺も、親友だろ?」

「・・・・・・そうだな。」

言いにくそうにしていた花子を見て苦笑する。
自分が後追いするとでも考えていたのだろうか。

いくらなんでも、そんなことしたらアルギズにあわせる顔がない。
それこそ馬鹿にしたように「気色悪いから帰れ」とでも言われるだろう。

確かに、あいつが消えたとわかった時、泣いていたんだと思う。
生まれて初めて、泣いていたんだと思う。

だけど、もう終わったことだ。


許せないのは何も出来なかった自分で、
自分ならどうにかできると思っていた自分で、
だから、まだ死ぬわけにはいかない。


「最後まで生きてやるよ。約束する。」

「それじゃあ、最後まで楽しもうな。」


小指と小指で握る。
約束の証。
いくら辛くても、前に進まなければならない。




何も変えられなかった科学者は、前に進む。












つづく

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