<第五章 一縷の希望> 第五話 断ち切るもの



重い扉が目の前にある。

シエル叔父さんにより警備兵にぶつかる戦闘が格段に減ったため、
思っていたより2人は早く王室にたどり着いた。

「本日二回目だな!」

「お互いにな。」

ニヤリと笑うコールに応じてアルギズも笑う。
本当に、頼りになる存在である。

「なぁ、コール。」

王室に手をかけ、体重をかける前に振り向く。
コールは相変わらずそこにいて、視線だけをよこしてくる。


「最後まで、諦める気はないからな。」

その言葉にコールの笑みが深くなる。
そして肩をすくめられた。

「そんなこと、とっくに知ってるさ。」

「それじゃ、行くぞ。」

「うむ。ラストポジションだな!」

「ダンジョンだ」



重たい扉が開く。
力を込めて開いた。

王室は・・・相変わらず広く、そして父親が、先ほどと変わらぬ状態でいる。
ニタニタという妙な笑い。
意味不明なうわごとをつぶやいている。

その隣に青い参謀が鋭い眼差しでこちらを射抜いていた。

「何の用でしょうか?」

それは、青い参謀の重々しい言葉だった。
イライラした様子でもある。

「親父を告発しに来た。」

アルギズの声が響き渡る。
書状を取り出し、前に進む。

コールは警戒しながらも、少し後ろを歩いてきた。
広い王室に足音が木霊し、徐々に父親との距離を縮めていく。
アルファは聞こえていないのか、こちらを向いていない。
後数歩でアルファの元にたどり着くという時、
青い参謀は、すっとアルファとアルギズの間に入った。

「・・・お引取り願う」

「お前に選ぶ権利なんかない。」

青の言葉に即座に答える。
忌々しいと青が呟いたのが耳に届いた。

「有機生命体ごときが・・・私をどうにかできると、本気で思っているのか?」

その言葉にコールが笑い声を上げた。
ククとも聞き取れるその声に、青がそちらに目をやる。

「認めたな。自分が普通のものじゃないって事をな。」

「それがどうした?後で記憶操作でもしてやる。」

青は舌打ちしながらゆっくりと手を前にかざす。

ピキィッとアルギズのピアスが警告音を発し、飛びのく。
空間が歪んだ気がした。
ゆっくり凝縮し、そしてアルギズの目の前ではじける。

その前に、コールは動いていた。
いつの間にか手にしていた棒に刀を具現化させ、その空間ごと切り裂く。
空気が弾ける音と金属のような音が同時に響いた。

「フン・・・神のような存在と思ったら。大したことないな。」

「黙れ有機生命体。・・・ここの管轄でさえあれば・・・!!」

「なるほどな。『直接』手を下せないんだったか?」

コールの挑発に、青は眼光をますます鋭くする。
それを肯定と受け取り、さらに追い詰める。

「さっきのは『そこの空間を爆発させたら偶然死人が出ました。』ってところか?」

コールがクククと馬鹿にしたように笑う。

「馬鹿馬鹿しい。それで俺たちをどうにかできると、本気で思っているのか?」

さきほどと同じ言葉で青を挑発する。
青はイライラしたオーラーを前面に押し出している。
これは、コールの心理戦なのだろう。
ちらりとコールがこちらに視線をよこす。

アルギズも頷く。
自分たちの考えが正しかったことを確かめ合う。

青はこちらの予想通りここの『管轄』ではないのだろう。
『管轄』が何を意味するか今だわからないが、
だが、管轄でないものは『直接』人を殺すことが禁止されているということはわかる。
ヨミと白の会話を聞く限り、白は管轄でなかった。
アルギズの知っている大きな力に『横槍を入れれるだろう』存在は3人。
白、青、そして緑の少女。
おそらく、秋と話していたことから緑も二人の仲間だということは予想がついた。
目的は発言から予想するに、『アルギズを殺す』こと
その三人の中に『管轄』がいれば、直接手を下すことが出来たはず。

―つまり、白、青、緑はこの世界の『管轄』ではない。

それがアルギズの、そしてコールの考えだった。
ならばいくら強い存在といえども、勝算はある。


こちらのその心理に気づいたのか、青は更に顔をしかめる。
しかし、すぐに驚いたようにその表情を変える。
視線はアルギズとコールの後方。

警戒しつつ振り替えるが、そこには誰もいない。
そして視線を前に戻すと・・・


「楽しんでるかしら?青?」


緑髪の少女が青の目の前に佇んでいる。
夢で見た、秋と話していた少女。
緑の少女はクスクス笑ってこちらを向く。
コールが油断なく剣を構える。


緑はふわりと笑って青の手首をさりげなく掴んだ。


「さあ、青・・・あそこにいるのは誰?」
緑の問いかけに答える青の目はどこか遠くを見ていた。

「敵だ」

「そう、じゃあ、殺してあげなきゃ、ね?」

「管轄外に直接手は・・・」

「影のために、ね?」

「影のため・・・」

「さあ、」

ゆっくりと緑は青の唇に一瞬口付ける。
そしてゆっくり背中に回り、とんと青を押し出した。


「殺してあげなさい」


青の瞳から疑問の光が、理性の光が消えうせる。
そして意味不明な笑いが表情に張り付く。

これは・・・

「お前・・・白い奴もこうやって狂わせたのか?」

アルギズの睨みに緑は動じることもなく、ひらひらと手を振る。
仲間ではなかったのだろうか。
しかし現に緑の少女は、青を狂わせた。
触れなければ狂わすことができないにしても、この手並みは鮮やかだった。

「ほら、早くしないと殺されちゃうよ?」

風が吹いた。
目の前に青がいる。

驚く前に全身に衝撃が走って風が過ぎ去っていく。
更に衝撃。

「・・・・・・が・・・っ・・・・」

自分が吹き飛ばされて地面に叩きつけられたのだとわかったのは、
自分の苦しげな声を聞いてからだった。
勢いがよすぎたのか、全身が麻痺したようになる。

金属音が断続的に響き、激痛が走る体を起こすと、
コールが青の攻撃を受け止めていた。
めずらしく苦悶の表情を浮かべているコールに驚愕する。

そしてあわてて見渡しても、目の前でくり広げられている戦いに関心を示さない父親がいるだけだった。
緑には逃げられた。

しかし、それ以前になんとかしなければ。

「死ね・・・!死ななければ・・・私が死ぬ・・・!!消える・・・!」

青は完全に壊れている。
どのような精神介入をしたらここまで壊れるのか見当もつかない。
ひときわ大きい音が響き、コールが吹き飛ばされたことを知る。

アルギズより後方に着地するが、わき腹を押さえて膝を突いていた。
初めて、コールが追い詰められているのを見た。
そして、その相手は未だに立つことが出来ない自分の目の前にいる。

「消えろ・・・消えれば・・・影が・・・!!」

再び衝撃が走る。
受身を取ったが、壁に激突した。
目の前がちかちかするが、気を失わずにすんだ。
ふらふらした青が近づいてくる。

理性がなくなると、技が使えなくなるのかもしれない。
白のときもそうだった。
極端に狂うと直接的な攻撃しかできなくなるのだろう。
五年前のライの乳母のような技を行使する攻撃は、
理性をまだ持っていた人物だったからできたようだ。

だからといってこの状況が変わるわけではなく、
激痛で動けなかった。
引き裂くような痛みが全身をうごめいている。

青が再び目の前に立つ。



「影は・・・エフ・・・フェンリルなのか・・・?」

呼びかける。
その言葉に一瞬、青の動きが止まる。

「あいつが、俺、と・・・いると・・・穢れるんだろう?」

それは、確証も何もない問いかけだった。
青が止まればいい。
それだけのためのハッタリだった。
埋めていないピースを繋ぐ予想。

「な・・・ぜ・・・」

驚いたような青の瞳。
それにより、自分の問いかけが的をいていたと知る。

「影が何なのか、今の俺には・・・わからんが・・・」

途切れそうになる息をなんとかつむいで繋ぐ。
青は震えていた。
理性と、狂った本能が葛藤しているのかもしれない。
どうしてわかったと問いただしたい気持ちが芽生え、
純粋に殺すだけを考えていたころより動きが鈍ったのだろう。

「あいつは・・・俺の知り合いが言っていたぞ。
 お前らは消えない・・・ただ、変わるだけだと。」

ヨミが言っていた。
影が何かも、管轄が何かも、
自分がそれにどのような影響を与えたのかもわからない。
ただ、この者たちは怯えているのだ。

アルギズのせいで、自分たちが消えることを。
青はゆっくり数歩下がる。

「影が必要としないなら・・・私は・・・私たちは・・・」

「必要がなくちゃ存在してはいけないのか?」

「あ・・・あ・・・・」

「俺は生きてきて必要とされなかった時期もあった。」

父も母にも見捨てられ、カノンがきてくれるまで、
誰も自分の生存を望んでいなかったように思う。
だけど、

「俺は俺の意思で存在してるんだよ。誰のためでなく。」

青は頭を横に振りながら後ろに下がる。
かろうじて息を整えたアルギズは壁を頼りに立ち上がった。

「変わることはそんなに嫌か・・・?
 お前らの見下してた有機生命体はずっとそうしてきてたぞ。」

青がゆっくりうなだれる。
そこにコールが剣をつきつけた。

いつの間にか復活していたようだ。
口元には笑みを浮かべている。

「さっさと帰れ。お前が恐れていたことはないそうだぞ?」

青は頭を抑えている。
その目に少し理性が戻っていることを知り、
少々安堵する。

もちろん、理性があった頃でさえアルギズを殺そうとしていた。
しかし、先ほどよりよほど大丈夫だろう。
会話の通じる奴に戻れば・・・

「そう、だな・・・お前の言葉には・・・考えるほどの価値は・・・・あるようだ。」

うつろに呟いた青。
こんなにも大きな力を持っていても、
案外脆い精神力だった。
ただし、とても人間のような考えを持っている。


アルギズは父親に向き直り、歩き出す。
目の前に来ても、父親は無反応だった。
そんな行動をしても青はコールに剣を突きつけられたまま、動かない。


すいっとポケットに入れていた書状を取り出す。
そして、アルファ・・・父親の手元にそっと置いた。
これで、完了だ。


アルギズは一礼すると、くるりとコールの方に向き直る。
にやりと笑みを浮かべているのはお互い様だろう。

歩き出そうとして、王室の扉が開いたので足を止めた。
扉がものすごい音を立ててきしんだが、入ってきた本人は気にしていない。
息を切らしたライがそこにいた。
そしてアルギズに目を留めると、恐怖の表情を貼り付けて叫んぶ。

「アルギズ!!!大変だ!!」

尋常ではないその様子に驚く。
そのすぐ後に魔夢が転がり込んできた。

「ま、待つのだ!!それは言ってはいけない!!」

よほど混乱していたのか、その言葉をライが無視する。




「カノンちゃんが・・・カノンちゃんが・・・何も覚えてないんだ!!!」





搾り出されるように叫ぶ声。
その単語を理解するのに、数秒を要した。


―カノンが・・・?覚えていない?
―何も・・・?
―それは・・・それは・・・

最愛の人が、
約束をしていた人物が、


―記憶喪失に・・・なった?


「名前とか全部・・・!全部だめなんだ!!俺どうしていいか・・・!」

この部屋の主であるアルファにも気にかけず泣きじゃくる。
魔夢が「たわけ!!!」と叫んでいるが気づいた様子もない。
それほど、ショックだったのだろう。
アルギズでさえ、それに反応を返すことができなかった。




『ああ、じゃあ約束守られること、ねーんだな。』





聞こえた。
秋の声が自分の中に木霊した。
ニヤリという笑いを浮かべて、言っている。

どうして、こういうことになった?
どうして、こうなってしまった?
カノンが、何をした?
カノンが・・・

コールが何か叫んだ。

ピアスがうるさい警告音を発した。

後ろに立っていた人物に、羽交い絞めにされた。

背中に何か冷たいものが、







体に衝撃が走った後、胸の辺りが焼けた気がした。


熱い。熱い。熱い。熱い。


膝から崩れ落ちる体。
それすら人事のように感じ、見上げると、そこに父が立っていた。
笑いながら泣いていた。
笑いながら王座をどかすと、そこに母がいた。
干からびて死んでいる母がいた。

父は右手に握られた黒光する拳銃を自分自身のこめかみに当てる。
何事かつぶやいて、やはり泣きながら引き金を引く。

乾いた音を立てて父が崩れ落ちた。


自分と同じ色の液体を流しながら、動かなくなった。
熱い・・・
苦しい・・・

―俺は・・・生きなければ・・・
―生きて、約束を・・・
―生きて・・・果たして
―生きて
―生   き て
―生 キ   テ・・・

『それは、何のために?』

秋の声がする。

―カノンと、自分のために

『もう、約束した相手もいないのに?』

―それでも、俺は俺の存在のために

『そうして、勝手に一人で生きてりゃいいんじゃねーか?』

笑った秋の声がする。

『本当はなぁ。かわいい彼女のために身を引こうとか考えてたわけよ。』

自分の『存在』が歪み、秋の『存在』が膨らむのがわかった。
ビキリと自分の『存在』にひびが入る。

「っが・・・があああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

体の痛みとは比べ物にならない痛みが走る。
痛い・・・熱い
体ではなく精神という存在の内側から壊されていく。
いつもの激痛は、秋の内側からの攻撃だった。
しかし、心身ともに弱っていた今では耐えられる痛みではない。

『でも、俺様は、ヤローだけには優しくないんだわ。』

砕けていくのがわかる。
自分の存在が。

『俺様もさ・・・』

砕ける、消える、飛び散る




『生きたいんだよな』




すべての音が、光が、色が、




途絶えた。













つづく

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