<第五章 一縷の希望> 第四話 その光を




「俺は普通の脱獄なんて甘い考えはないぞ!!」





確かにそう叫んでいたと思う。
ああ、確かにこの金髪美形変人の親友・・・そして従兄弟でもある変人は叫んでいたとも。

アルギズはさきほどの惨状を思い出し、ため息をついた。

「なんだ!?先ほどからため息ばかりではないか!!」

誰のせいだと思っている。
ぎろりと睨んでみたが、さほど効果はなかった。

脱獄犯2人は目の前にある障害物(牢屋)を文字通り木っ端微塵に吹き飛ばし、
襲い掛かってきた見張りを(コールが)逆立ちアタックし、ついでに(コールが)コブラツイストをかけ、
(コールが)袋に詰め込んだ後牢屋の入り口に放置し、地下牢を爆破してやってきた。

おかげで他の警備兵の目を(大半はコールのせいで)引いてしまったため、
現在2人は全力で目の前に立ちはだかる警備兵を蹴散らして走っている。

「誰の、せいで、こうなったと!?!?」

叫びながら蹴りを前方にくりだしてみる。
妙な悲鳴を上げて失神する警備兵を蹴ってどけ、また走る。

「スリリングな、逃亡げ!き!!!!をおおおおおおお!!!」

「望んでいないから。変態科学者。」

「何を言う!!!俺は変人であって変態ではない!全国の変人に謝れ!!」

「お前がだろ。」

「き、急に冷静になったと思ったらその物言いか!!従兄弟に敬意を払え!敬意を!!」

「払うわけないだろ。変態。」

「まだ言うのか!!おにーさん悲しいぞ!!」

「気色悪いことを言うな!!」


妙なことばの応酬をしながらとにかく走るしかなかった。
いくらなんでも全員相手にするわけにもいかない。
しかし邪魔な警備兵が(コールのせいで)集まりすぎていた。

「で・・・どうするんだ王室までこのまま突破するのか?」

「ふむ・・・仕方あるまい・・・!!」

コールはいつ取り出したのか右手にボタン。
ためらいもなくぽちっと押す。

なんだそれはと問いただす前にコールが手で口を押さえているのに気づき、

「ぐわぁっ!何だこれ!?」「頭痛いぞ・・・!?」「くそっ!?誰だ!?何の技だ!?」

悲鳴とばったばたと倒れる音をBGMにとりあえず息を吸わずに全力疾走した。
コールの目が『科学の勝利だ』と雄弁に物語っていることに気づき、
アルギズは「いつ仕掛けたんだ」という質問をとてもしたかったができなかった。
今息を吸うのは命取りだ。
そして、ちょっとだけこの城の警備システムが心配になった。

その時だった、



「ストップ!!!」

そう叫んでいたのは黒髪の男性。
短めにきってある髪に人のよさそうな顔立ち。
ひょろりという印象を持たせる40代の大人の余裕を垣間見る人物。
その顔に真剣なものを滲ませて、男性は両手を広げて立ちはだかった。

「ストー・・・!!!!」

再度叫ぼうとした男性はむせ返った。
思わず足を止める。
いや、もちろん止めるつもりはあったのだが。

「コール・・・いい加減中和剤撒け」

「ふむ。仕方があるまい。」

コールとともに自分の吸う空気の周りを仰ぎながらの会話だった。
とても間抜けに思う。
妙なしぐさでスイッチを押すコールを無視し、
膝を突き、未だにむせている男性を覗き込んだ。

「大丈夫ですか?シエル叔父さん」

そう。国の国王である父の弟であり、ライの父でもある男性。
そして、アルギズに殺気に反応するピアスを送った張本人だった。

「うん。ちょっときつかったけどね。」

涙目になりながら立ち上がり、ふぅと息を吐く。
コールが訝しげにこちらと叔父を見ていた。

こつこつと追っ手の音が聞こえ、シエルも「ああ。立ち話はだめか。」と納得する。
そして脇の部屋に入り、手招きした。
ついていこうとするアルギズを、コールは訝しげに見た。

「アルギズ。あいつは・・・シエルだろう?現国王の弟か。」

「お前の叔父でもあるだろうが・・・。」

「味方になってくれるのかと聞いたんだが?」

「多分な。こいつも反応しないし・・・叔父さんは俺を裏切ったことはない。」

コールにもらったピアスをいじり、歩き出す。
だろうと思ったとつぶやきながら、コールも後をついてきた。







誰かの個室だろうと思わせる部屋に入り、叔父の勧めるまま席に着く。

「えーっと・・・とりあえず、アルギズ。久しぶり。そっちはヴェルコール君。だね?
 ずっと思ってたけど、本当に・・・フィルーク兄さんによく似てるね・・・。」

シエルはにこりと笑い、言う。
この叔父は昔から変わっていなかった。
全てを受け入れる器の大きさで、今でも変わらず尊敬する叔父だ。

「お久しぶりです。コールの本名を知っているということは・・・」

「ああ。兄さんから聞いたよ。でも安心してくれていいよ。
 僕は味方になってあげるから。それに、ちょっと相談があるんだ。」

シエルは少々疲れたような顔で言う。
何かあったのだろう。
コールの方をちらりと見ると、じっとシエルを見ているところだった。

「アルギズ。」

急に名前を呼ばれ、前方に視線を戻す。
シエルはまっすぐこちらを見ていた。

「兄さんが・・・おかしいんだ。」

「それは・・・今更ではないですか?」

今更だった。叔父が言うまでもなく。
狂ったように子供を殺そうとしていた父親が、普通のはずがない。
ずっとアルギズの味方をしていてくれたその叔父は頷いた。

「うん・・・確かにちょっとおかしいとずっと思っていたけど・・・最近は特に・・・。」

「最近・・・いつ頃から『ああ』なったのですか?」

「そうだね・・・。ちょうど2ヶ月・・・いや、3ヶ月前からだね。」

「3ヶ月」

ちょうど4月ごろということになる。
4月と言うと・・・

「お前がエフを拾ったころ・・・だな。」

ちらりとコールのほうを見ると、考え込むように目を閉じていた。
エフが今回の事件に関係あるかどうかは今のところグレーだった。
関係ないようにも見える。
しかし、エフが現れたのとほぼ同時期に問題が起こっていったのも確かだった。
と、言っても自分の身の回りの変化はエフが来てから一ヶ月たったあたりからと記憶していた。

「実際にはどう・・・変なんですか?」

「・・・まず、ちょっとちぐはぐなことを言うようになったんだよ。」

それは確かに先ほどもそうだった。

「それで、時々何かうわごとを言うようになった。」

「先ほどは・・・ずっと言っていましたが・・・」

「後・・・義姉さんが・・・起きたと言ったり・・・。」

「起きて、ないんですか?」

それはずっと聞きたかったことだ。
噂を聞いてからずっと。
今更起きたところで、母親に対する感情が変わるわけではないが。

「わからない・・・でも、兄さんが義姉さんを病院から引き取ったのは事実だよ。」

会ってないけどね。とシエルは付け足す。
つまり、

「今のところ、本当か嘘かもわからない・・・と?」

「うん・・・そう、なんだ。」

うなだれるように言うシエル。
正直、あの様子を見ると嘘としか思えなかった。
しかし、完全に否定するだけの材料がない。

それにしても、よくそれで政治ができたなと思う。
そんな狂った状態で、どうして三ヶ月も耐えられたのだろう・・・

「でも、国政の時は・・・なんていうか・・・まともなんだ・・・。
 だから、もしかしたらただのストレスなんじゃないかって言われててね。」

叔父は頭を抱え、ため息をついた。
そんな兄を見ているのはさぞつらかったと人事のように思った。
事実、アルギズにもう父親を同情する心は持っていない。
とりあえず、聞きたいことを今聞かなければならない。

「3ヶ月前・・・青いあの参謀はいつ頃から・・・?」

「あれ?アルギズは知らなかったっけ?」

ふっと顔を上げた叔父は意外そうな顔をしていた。

「あの人は・・・君が生まれる前からずっといたよ?
 確か、元々は君の母親の護衛だったんだけど・・・覚えてない?」

― 護衛?あいつが?

「それで、兄さんが指名して参謀になったんだよ。」

― 青いあいつに触れられたとき、俺はどうなった?

― 何も考えれなく、妙な暗示にかけられたような・・・

― 恐らく人を『狂わせることができる』・・・?

「そんな話は・・・一度も・・・」


― 母親は何で狂った?

― 虐げられたから?

― どうして虐げられた?

― 口外法度の自分の病はどうして城中に広まった?

― どうして・・・母親の護衛を俺が知らない?


「恐らく・・・だが。」

今まで黙っていたコールが目を開いた。

「その存在を知っていてもそいつの『詳細』はまったく知らないだろう?」

そして、知ろうともしなかったんじゃないか?
そうコールは言う。

「詳細・・・そういえば・・・」

「コール。つまり・・・」



「ああ。恐らく、その青い奴がお前の母親と父親を狂わせた張本人だな。」



青、白・・・そして恐らく夢の中に出てきた緑色の少女・・・
それらが恐らく、循環にも介入できる、人の世に介入できるもの。

「さすがに・・・それは短絡的じゃないかい?」

戸惑うシエルにコールは肩をすくめた。

「詳細を知ろうとも思えなくするのは普通無理だ。普通はな。」

「確かに、現に名前以外、叔父さんは知らないのでしょう?」

アルギズの問いかけにシエルは少々黙り込んだ。
そしてしばしの沈黙の後、ゆっくりとうなずいた。

「確かに・・・義姉さんの発言がおかしくなったのも・・・あんな感じだった。」

普通なら信じない発言も、紳士に対応してくれる。
そういう器の広い叔父は、真剣な顔で何度も頷いてくれる。

「でも、なんだか不安だな・・・自分でも知らないうちに壊れてくなんて・・・」

「それは・・・しかし、あの青い参謀が触れた場合しか狂わせられないようです」

アルギズの発言に、コールは眉を片方跳ね上げた。
初耳だぞという表情だ。
シエルもきょとんとした表情をしている。
確かに、いう機会がなかったため黙っていたことだった。

城に来たとき、確かにアルギズは青に手首を掴まれて狂いそうになった。
もし触れずとも狂わせられるなら、そんな回りくどいことをせずとも、
近くにいたアルギズを簡単に陥れることができたはずだ。

「なるほど。」

そのことを簡潔に説明すると、コールは頷き、

「・・・それで、シエル叔父貴。これからどうする気だ?」

改めてシエルに向き直って言う。
シエルは「うん」と頷く。
どうやら予想していた質問だったらしい。

「兄さんを、止めたいんだ。」

「・・・父を、告発する・・・ということですか?」

今更何の感情もわかなかった。
ただ、ようやくそうなるのかという考えだけが浮かぶ。

「フム。だが、俺たちはその前に今から殴りこみに行く予定だ。
 何なら止めるか?」

挑発するようなコールの言葉。
恐らく、叔父を試しているのだろう。
信用にたる存在か。
自分たちに害のない存在か。


「実はね、準備はもう整ってるんだ。」

叔父はおだやかな笑みを浮かべた。
安心させるような笑みでいたずらっぽく笑う。

「だから、城の人員配備に行って来るから、
 君たちは直接その意図を書いた書状を渡しに行って貰いたいんだけど。」

いいかな?と言う。
コールはこの答えニヤッと笑う。
なんとも、悪戯の許可が下りたような顔だ。

満足そうにこちらを見てくる。
同じような視線を返し、頷く。

「わかりました。いってきます。叔父上。」











魔夢は走っていた。
小さな足(こ、これから大きくなるんじゃ!)を必死に動かす。
門番をを幻覚で狂わせてきたのは間違いだったかもしれない。

だが、これはどうしても伝えなければならない気がした。
何故か、どうしても、絶対に。

これから何かが起きる。
それまでに・・・

王宮の廊下を疾走しながら、勘を頼りに突き進む。
アルギズに伝えること、

エフのこと、
緑のこと・・・。


そして、言ってはいけないことがひとつ、あったはずだ。


それが何であったか、魔夢はよくわからなかった。

先ほどの喫茶店での出来事。
あの状況で、アルギズにとっては知ったら不利になること、
生きたいと思うことの妨げになることがあった・・・らしい。
先ほどそう・・・誰かに教えられた。
アルギズに伝えろといった人物に、教えられた。
ことばではなく、意思の伝達のようなもので。

―誰だったのかの?

しかし、その疑問をすぐ外に追いやる。
とにかく、今は走らなければならない。








つづく

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