<第五章 一縷の希望> 第三話 繋がった糸



大通り沿いにある喫茶店。
全体的に石でできた店の中に、二人は座っている。

目の前の小さな後輩は出されたジュースも飲まずにしょんぼりしていた。
きっと保護者がいなくなったからなのだろう。

「エフ。そこまでしょげることはなかろう。」

「マム〜・・・」

「そんな情けない声を出すでない!もっとしゃきっとせんか!」

ぱしり、と小さな後輩であるエフをはたく。
エフは首をひゅっと亀のようにひっこめた。

子供は甘えなければならないが、しっかりしなければならない。
それが魔夢の持論だった。

すでにアルギズと別れてから一時間くらいが経過している。
二人は近くの喫茶店内で時間を潰すことにした。
ただし、保護者が現れる気配は一向にない。
ちょっと王宮のほうが騒がしい気もしないではないが、自分たちにはほぼ関係ない。
それよりも今の課題は、エフを楽しませることだった。

子供はもっと無邪気に楽しむべきである。
それも魔夢の持論だ。

「エフとやら。お主もまさかずっとアルギズと一緒におるわけにはいかんだろう?」

聞けば、この子供はアルギズが預かっているだけだという。
この異常な懐き様はともかく、いずれ自立させなければならないのは事実だ。

「一緒なの!約束なの!」

ぷくっと膨らんでエフがいう。

「フム・・・」

アルギズは子供に甘いようだ。
多分、自分が甘えられなかったからだと思うが。
しかしその割りに放任主義だったりするものだからややこしい。
子供としては妙な心境なのだろう。

「フム・・・実に面倒なものだな」

魔夢がため息をつく。
百数年生きてきたが、やはり子供のことはあまりよく理解できなかった。
まあ、百数年で全てを理解するなどというのは、無理だとわかってはいる。

思想にふけっていると、急にエフが驚いた顔をした。
視線はこちらよりやや上を見ている。
誰か来たのだろうかとくるりと振り返る。


そこにいたのはアルギズの恋人だというカノン・・・
そしてそれに連れ添うようにいる緑色の髪の少女。
長い緑色の髪を三つ編みにしている人間だったら十代後半くらいの少女。
しかしその耳はとがっていて、そして緑色をしている。
愛らしいくりくりした大きな目の顔立ち。
明らかに人間でない、もちろん天霊でもない。

「あ。ありがとうございます。」

緑髪の少女はカノンに深々とおじぎをした。
そしてぎゅっと手を握る。

カノンはいえいえとにこにこ笑う。
事の展開についていけないでいると、カノンはこちらを見て言う

「あのね、この子・・・えっと、『緑』ちゃんっていううんだけど。エフ君を探してたんだって。」

何の邪気もなく言うカノン。
本当にただそれだけだというようだった。事実、そうなのだろう。
しかし、エフは魔夢を盾にするように隠れてしまった。
いつも笑顔を見せるエフが、怯えているように見える。

「さあ、フェンリル様・・・迎えに来ましたよ。」

にっこりと手を差し出す緑。
恐らく、フェンリルというのが本名なのだろう事は見当がついた。
エフは怯えたように首を振る。

「お主・・・こやつの何者なのだ?」

警戒してエフをかばうように手で緑を牽制する。
緑は気を悪くした風もなく、クスクス笑う。

「私はそこの子に仕えているものです。
 フェンリル様は・・・こんなところにいてはいけない方なのですよ」

再度手を伸ばす緑。
カノンは二人の反応に戸惑ったようにおろおろしている。
エフはそれでも嫌だというように首を振った。

「さあ、フェンリル様」

にこりと微笑む姿が逆に恐ろしい。
ぎゅっと握るエフの手が震えていることに気づいたとき、
魔夢は無意識に行動に出た。


―バシッ


緑の笑顔が固まる。
エフとのじゃれあいとは比べ物にならない力で、魔夢が緑の手をはたいからだ。
それほど痛くはなかっただろう。

「こやつに触るでない!」

緑から距離を置き、後退する。
そこまですると喫茶店内にざわめきが広がった。
人が少ないといっても、騒げば当然注目される。
店長らしき男性も怪訝な目でこちらを伺っていた。

緑は手を押さえ、傷ついた顔をする。

「私はただ・・・迎えに着ただけですのに・・・」

目を潤ませて弱弱しくつぶやく。

「あの・・・緑ちゃん。今はエフ君も嫌がってるみたいだし・・・」

カノンは諭すように緑に接触する。
緑もさすがにこれ以上事を荒立てることはしないだろう。
そう踏んだ魔夢だが、緑はなおも言う。

「フェンリル様・・・」

手を伸ばす緑。
魔夢はまたはたこうと構えて、

「エフはエフなの!」

という後ろからの大音量の声にぴたりと手を止めた。

「エフなの!」

渾身の叫びだった。
完全なる拒絶。
そう悟ったのは魔夢だけではなかったらしい。
緑の手がぴたりととまり、表情が変わる。
愛くるしさは消えうせ、どんよりとした苛立ちの表情となっていく。
その変化にぎょっとしていると、体に衝撃が走って緑になぎ倒されたのだとわかった。

目を見開いて起き上がると、エフが緑に手をつかまれていた。
エフが必死で抵抗してもそれは子供のすることで、力勝負で敵うはずもなかった。
緑の表情は驚愕と恐怖が入り混じっていて、エフを握る手も震えているように見える。
まるで自分が予想できないものを見るように。
必死で現実を否定するように。

「フェンリル様・・・・あなたはフェンリル様です・・・!!」

「エフなの!!」

「そんな名前は勝手に付けられたものです!!!あなたはフェンリル様です!!!」

起き上がりかけたまま、何を必死に否定しているのだろうと魔夢は考える。
どうして、エフはフェンリルでなければいけないのか。
どうして、そこまで否定するのか。
どうして?

疑問だけ、今の変化についていけないでいると、
すっと緑の手を掴むものがいた。

「緑さん。エフ君。嫌がってるじゃないですか。」

まっすぐな瞳で緑を覗き込むのは、その緑をつれてきたカノンだった。
いつものほんわかした表情ではなく、何からも目をそらさない表情。
その雰囲気に緑の手が止まる。

「あなたは、エフ君の何なんですか?」

強制するでもないその問い。
しかしその眼差しはしっかりと緑に向けられていた。
間抜けに座り込んだままでいる魔夢は、
場違いながらも「アルギズが惚れる訳がわかった」などとのん気に考えていた。

その視線はあまりにもまっすぐだから。
その心があまりにもまっすぐだから。
それでいて全てを受け入れる覚悟をもっているから。

「私は・・・私は・・・」

答えようとする緑はややためらったように視線をそらし、
そして覚悟したように視線をカノンに向ける。
その表情はどこまでも迷いがない、しかし、その迷いのなさは・・・

―目的のためには手段を選ばない顔


「カノンとやら・・・!!その手を放すのだ!!!」

「え?」

きょとんとしたカノンは次の瞬間硬直した。
そしてふっと支える力を失ったように崩れ落ちる。
驚いて魔夢が倒れ掛かったカノンを支えようとして失敗し。
(た、体系差のせいではない!!)
などと誰にかわからない言い訳をしてばたばた下でもがくはめになった。

さすがに人が倒れて驚いたのか、責任者がばたばた出てくる。
それを見ながら、くっと緑がエフの手を放さず笑う。
ゆっくりと指で追い払うしぐさをすると、野次馬も責任者もそろってきびすを返した。
人々はそこに何も問題など起きていないような日常に戻る。

「こ、これはどういうことだ・・・!?」

「有機生命体ごときが私たちに指図しようってのがそもそも勘違い。アホみたい。」

仮面を剥ぎ取ったようなやる気のない表情。
全てが演技だったのかと魔夢が愕然となる。
緑は邪魔な髪を空いている手で払った。
にっこり穏やかな笑みを浮かべ、

「つーか、そいつがあのウジムシの恋人なんでしょ?ま、どうでもいいけどさー。」

ウジムシとはアルギズのことだろうか。
何故そのことをとかを問いただしたかった。

「あのムッツリもこいつから狂わせればいいのにさぁ。ま、確かに術効きにくそうだけどねぇ」

「お、お主・・・一体・・・」

「うぅん。狂わすのも触れないで出来たら楽なのにな〜」

「お主なのか!?この国を狂わしているのは!!」

「あは?そういうこと聞くんだ?でも残念〜そっちは青い方ね?」

未だにカノンから抜け出せないでいる魔夢の目の前で指をくるくるさせる。
緑は相変わらず笑顔のまま、その動作をやめない。

「愚痴聞いてくれて、あ・り・が・と。てなわけで無傷で返してあげるね?」

くるくると回る指に気をとられてしまう。
だめだ。
これを見続けてはいけない。

そう思うが・・・―――――













「うむ?」

魔夢はコーヒーを飲んでいた。
普段は紅茶派だというのに久しぶりに飲んでしまった。

「うむむ・・・まずいものだ。」

いっそジュースにすればよかっただろうか。

「うむむ・・・?」

何か忘れてしまった気がする。
きょろきょろとあたりを見渡してもその不安は消えない。
それは心の中にざわつきをもたらしていった。

自分は机に座っていた。
自分は慣れないコーヒーを飲んでいた。
それだけだったろうか。
何か、大切なことを。


「魔夢。」

肩を叩かれ、振り向く。
そこにはかつての盟友・・・同士であるアルギズが立っていた。
何故こんなところに?と首をかしげる。
いつ帰ってきたとか、何故ここにいるのがわかったとか、
色々疑問がわいてくる。
しかしアルギズは当然のようにそこにいて、当然のように話しかける。

「エフはどうした?」

「エフ?」

そういえばアルギズと一緒にいた子供のことだったか。
何故自分に聞くのだろう。
アルギズはゆっくり魔夢の頭の上に手を乗せ、
目線を合わせてゆっくりと話しかける。
いつもは嫌で仕方ない動作だが、今はそこまで気にならなかった。

「今朝 俺が 預けた エフは どこにいった?」

「今朝?お主がか?」

ゆっくりと文節ごとに区切られてもわからなかった。
ぜんぜん覚えていなかった。
何を言っているのだろうこいつはと訝しげに見る。
しかし、アルギズの目はどこまでも真っ直ぐだった。

「今朝 俺が 預けた エフは どこに連れて行かれた?」

「連れて?」

何を馬鹿なといいかけてやめる。
心の中のざわつきが大きくなったからだ。

「ああ。・・・それで、緑はエフをどこに連れて行ったんだ?」



―バチンッ



何かの電源が入れられた。
はっと周りを見渡す。
そうだ。思い出した。

『緑がエフをどこかに連れ去った』


アルギズは口元を緩める。
そして今度は穏やかな口調になる。

「わかったなら、それを『俺』に伝えて来い。今頃牢屋を蹴りあけているころだ。」

『アルギズにそれを伝える』

魔夢は確かに覚え、机をたった。
そして振り返らずに走る。


アルギズに伝えなければならない。












慌しく出て行く小さな精霊を見送りながら、『アルギズ』はにっこり笑う。

そして楽しそうに歩き出した。
王宮に行かなくては。
事の結末を見なければ。

うきうきとしながらいつの間にか伸びていた髪を揺らす。
綺麗な黄色をしていて、口元には楽しそうな笑みを浮かべていた。

『ヨミ』は楽しそうに、王宮を目指していた。











つづく

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