<第五章 一縷の希望> 第一話 それは、


夢を見た。

そう感じながら起き上がる。
ずきりと、胸の奥が痛んだ。
そういう感傷的な物はもうなくなったと思っていた。
やや苦笑しながら、アルギズは体を起こした。

日が窓から斜めに入ってきている。
朝日のまぶしさに思わず目を細める。

夜が明けた。


昨日、目を閉じた時から何も変わっていなかった。
全てが夢なら、楽だったのだろうか?

いや、とアルギズは即座にその考えを否定し、自嘲した。
朝に簡単に消え去る存在など、なりたくない。
全てを知らないまま消え去る存在など。

「む〜」

物音が聞こえたためか、エフが目をこすりながら起き上がる。
いつも眠そうだ。

「おはよう」

声をかけるととたんに目をぱっちり開き、笑顔になった。

「おはよう!」

今日も元気一杯だと苦笑する。
自分にもこういう明るさが欲しいなとつくづく感じていた。
それはそれで気持ち悪いかもしれないが。

「今日はもう一度城に行くが・・・来るか?」

「一緒なの!」

ぱたぱたと足音を立てながら近づいてきたエフが言う。
しかし、途中でぱたりと止まる。

「あきは?」

きょとんとした表情で言う。

「あー・・・あいつなら・・・」

実は秋ではなく秋に変装した奴で、仕事が増えたから帰った。
・・・・・・・・・・・とは、言えなかった。

「そのうち来るんじゃないか・・・?」

なんとなく、うさ耳を生やしたヨミが楽しそうにスキップしている図が浮かんだ。
あながち間違っていない気がする。
エフは「?」を頭上に浮かべているが、説明する時間もないだろうと思う。
一刻も早く父親に確かめねばならないことがある。

母親のこと、
青い参謀のこと、
そして、魔夢が言っていた『真実』―

アルギズの魂に定着して、アルギズの寿命を縮めさせる秋の魂・・・


人間界にいるコールにも、伝えなければならないことがある。

―そういえば・・・あいつはどうしてるんだ?

アルギズは少々浮かんだ疑問をすぐに頭の隅に追いやる。

「いくぞ」

そういってエフを手招きしてから歩き出した。
わからないことが多すぎるが、とにかく、歩みを止めるわけには行かない。

―消えるのはごめんだ。

歩きながらも思い出すのは今朝の夢。
秋の最後の記憶。

偶然とはいえ、秋も誕生日に約束をしていたということ。
そして、それは守られることはなかった。
だからといって、自分を殺しても守れるとは思えなかった。

もし、夢で出てきたあの緑の女性が過去に干渉できるというなら―
とっくに効率よく消されていたのだろう。
ならば、失った時間は戻ってこない。


『国境攻防戦』


そのことばには聞き覚えがあった。
よくある国の国境をめぐっての抗争。
国によくある意見の相違。

今の式神界全てを統べる者が現れる前によくあった抗争。
強い傭兵は民族問わず雇われ、多額の報酬を得ていたと聞いていた。
どちらにどれだけ強い者を取り入れ、どれだけ相手を殺すことができるか、
ただ、それだけを考えていた国と国との争い。

最後に起こった抗争は互いに犠牲を多く出し、終焉を迎えた。



それは、



もう、200年以上前の話。












今日もまた、城の前に人が集まっている。
そう思ったのは数分前。
今ではその原因であるだろう人物の声まで聞こえる位置に来ていた。


「どういうことだ!!納得いくまで説明せんか!!」


国の中心である城の門の前で、大通りまで響き渡る声で叫ぶ者がいた。
ものすごく、聞き覚えがある。
そして、同じことを昨日も聞いた気がする。

「納得いかぬ!!我はわざわざ伝えにきたのだぞ!!」

聞こえるのは小さい女の子の声、
ふと、心当たりのある声にアルギズは少し野次馬をかきわけて覗き見る。
昨日と同じ場面が繰り広げられていた。

「フム・・・!そちらがその気だというのならこちらも強行突破と・・・」

「魔夢・・・」

呼ぶと、門番に殴りかかろうとしていた小さな少女はこちらを見た。

「おお!アルギズではないか!少々待っておれ!今こやつを叩きのめす!」

「やめんか」

強行手段に出ようとする魔夢の近くまで何とかたどり着くと、
ぽすっと手を乗せて体重を少しかけ、飛び掛れないようにした。

「止めるでない!アルギズ!こやつらには少々お灸が必要なようじゃ!!」

じたばたと暴れる魔夢を押さえつけながら門番に向きなおった。

「・・・親父に会いたいんだが・・・まだ閉鎖中か?」

その言葉に今までけろりとしていた門番の青年は少々考え込んだ。
そしてぱらぱらとメモをめくる。
数枚めくったところでぱたんと閉じた。

「いえ。アルギズ様ならどうぞお入りください。」

「昨日は入れなかったぞ?」

「アルファ様の事情でございます。・・・しかし、お連れの方は・・・」

魔夢とエフに目をやる。
こくりとアルギズは頷いた。

「魔夢。エフを頼む・・・エフ。すぐ帰ってくるから大人しくしてろよ?」

「う〜・・・アルギズ・・・」

涙目になるエフと、抵抗をぴたりとやめて「まかせておけ!」という魔夢。
やはり・・・後輩が欲しかったのだろうか・・・この精霊は。

―まあ、魔夢がついていたら大丈夫だろう。

そう思いながらも、少々心残りがないわけではない。
最後にぽむっとエフの頭に手を乗せると、歩き出した。








「あら。お久しぶりね?」

クスクスという笑いとともに声がかけられる。
髪の毛、目の色、服装が青い青年が立ち止まる。
無表情の中にもわずかにうんざりした雰囲気をまとわせながら青年は振り返る。

そこにいたのは緑の少女。

「白が・・・消えたそうだな?」

相手の返事もろくに返さずに言う青い青年。
その態度に悪くしたようでもなく、緑ははっと口を押さえた。
そしておろおろと青を見る。

「まさか・・・」

「ふん・・・わざとらしい・・・」

さらに嫌悪の表情を浮かべた青い青年。
緑は少し傷ついたような表情を浮かべる。

「白がこちらに来ていた時・・・最後にあったのは誰だった?」

「でも・・・そうね。用心するに越したことはないわね。青・・・あなたも・・・気をつけて」

そっと青と呼ばれた人物の胸に触れ、緑はすいっと離れる。
青は妙な表情を浮かべた後、溜息をついた。

「まったく・・・これも全て『あいつの所為』だな」

くるりと緑に背を向けて青は歩き出す。
直前まで唱えていた説をひっくり返していることに自身が気づく様子もない。
迷う様子もなく靴音を響かせて消える。

その音に掻き消されるような小さな声で、微笑む緑。

「フフ・・・単純ね、あのムッツリ。」










無駄に広いと思われる王室。
その扉の前に立ちながらアルギズは考えた。
門番に通され、通りなれた道を通ってたどり着いた。
奇妙なことに人の気配がなく、誰ともすれ違わなかった。

目の前の扉を見つめた。

聞きたいことは多くある。
しかし、本当に自分の判断が正しいのかがわからなかった。

相手は数年間狂ったように自分を殺そうとしていた人物。
その相手に状況を聞くというのは正しいのだろうか。

決心はしていたが、決断が下せない。

すっと扉に手を触れ、そっと力を込める。

数年前と変わらない重さの扉。
数年前と変わらない王室の光景。
数年前と変わらない父親の表情。

そして、他人を信じなかった父のそばに数年前にはいなかった青い青年。
彼が『青い参謀』なのだろうか。
青年は表情を変えなかったが、にじみ出る雰囲気により『嫌悪』の感情を読み取れる。

「親父・・・」

国王であり自分の父であるアルファはやつれた顔をこちらに向ける。
何故かうつろな目をこちらに向けて、にたりと笑った。

「お前か」

「・・・あいつが目覚めたって言うのは本当なのか?」

それを聞いてアルファは肩を震わせる。
体を全部小刻みに震わせたところで高笑いする。
耳障りな甲高い笑い声。
妙に痩せて10も20も老け込んだような父親。
目だけぎらぎらさせながら笑う。

意味がわからない。


「ああ。本当だ。」

ひとしきり笑った後に咳き込むようなことば。
母親が目覚めたという話。

「ああ。お前は死ぬ。殺さなければならない。」

呆然としているところに言う父親。
会話内容が繋がっていない。
しかし、まったく気にしていないように笑う。

「お前だけが死ねば何も変わらない。」

狂ったように笑う父をみた。
迷いのない、それでいて酔ったような目の表情。
何がなんだかわからなかった。
言動が明らかにおかしい。
見当違いの答えを出すコンピュータのようだった。

「ああ。死ね。死ね。」

この支離滅裂な理由付けは見たことがあった。
そう、あの襲ってきた白と同じ。


―もう、狂っている


笑いすぎて息が苦しくなったのか、むせている。
しかし、すぐにまた笑い出す。
それをまったく動じずに見ている青い青年。


「・・・お前が、俺の母親も、親父も・・・」


狂わせた張本人なのだろうか


「お前か・・・」

―俺の人生を狂わせたのは


迷いなく抜刀する。
しかし、その刃を見て何を思ったのか、父親が悲鳴のような声を上げた。
何を言っているかわからなかった。
甲高い鳥のような声でわめきたてる。

そしてその時、はじめて青がにたりという表情を浮かべた。

「仰せのままに」


空気の振動も感じさせず、青が目の前に移動した。
驚きを隠せずに剣を振りかぶる。
手首を掴まれる。

「さようなら」

笑う青い青年。





頭に衝撃が走った。


痛い  痛い  痛い  痛い  痛い  
  痛い  イタい  痛イ  イタイ

思わず振り払おうとするがびくともしない。
頭を抑えるがまったく外傷がない。

しかし激痛と耳鳴りが走る。
吐き気がする。
手を口に当てて嘔吐感を抑える。

何も考えられないほど痛い。
痛みを抑えたい。
入り来る情報を押し返そうとすればするほど激痛が走る。
しかし、押し返さねば飲まれてしまう。


ああ。狂わせられるな。


そう感じた瞬間に頭の中が白くなる。
本能のまま、手が動く。

― イ キ  ル   ブ ンカ     イ   

―イ   キ  ル    生 き る


掴んだ青い青年の手。





衝撃が走って、自分が投げ出されたのがわかった。
酔ったようなぐらぐらする頭。

青年は苦々しげに右手を見ていた。

逃げなければいけない。
本能的な危険を感じ、走り出す。
しかし、力が全く入らず数歩歩いたところで膝を突き、咳き込む。

青い青年が手を叩く。
響いた音が消え終わる前に扉から兵士が現れる。

耳鳴りがして声が全く聞こえなかった。

ふいに腕が掴まれる。
無理やり立たされ、動けないでいるとゆっくりと引っ張りだす。
アルギズは抵抗もせず、引きずっている兵士を見ていた。

―ああ、こいつは知ってる

妙に安堵して微笑んだ。
すると、兵士も少し微笑む。

―こいつは・・・




「ヨ・・・ミ・・・・・・・・・・」






そこでぷつりと電源が切れた。









つづく

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