<第四章 出逢う真実> 第五話 理解しがたい真実



眠ろう。

そう思ったところで、アルギズは机の上に放置してある
ヨミが食べていた夜食を片づけておくべきだと気づいた。

溜息を軽くつきつつ片づけだす。

先ほど、信じられないことを目の当たりにした割には、落ち着いていた。
自分の肉体の寿命
定着する魂
そして、ヨミ
わからなかった全てのパーツが揃おうとしている。
そう思えてきた。

全てのパーツが揃ったら、やるべきことを見つけよう。
生き抜いてみせる。

一番上の皿を取ったとき、
目の前のテーブルから短く鈍い音と皿が僅かに舞う音をがした。


―ガチャン


一呼吸遅れて皿がテーブルに再び戻る。
目の前にあの時の・・・天霊国に戻ってきたとき出逢った白い少年がテーブルの上に立っていた。

「・・・ああ?」

秋の姿であるヨミが音に目が覚めたのか眠そうに起き上がる。
そして、睡眠を邪魔されたせいか、憎々しげな目で原因であろう白を睨む。
もうこれは完全に秋の演技になっている。
しかし白はそちらに目もくれず、アルギズを一瞥して一言。



「死んでくれ」



ビリッとした殺気を感じてアルギズは、後ろに跳び下がった。
途中イスが邪魔でそれほど距離は取れなかったが。
展開について行けず、アルギズは軽い頭痛がする気がした。

色々な真実を飲み込み、それで全てがわかったような気になっていた
だが、目の前の出来事は、まったく理解できない。
そう・・・忘れていたピースがあった。

「テメェは・・・白か・・・?」

つぶやいたのは『秋』。
いつの間にか起き上がり、白の背後に立っていた
睨んでいる。今度の睨みは睡眠を邪魔されたという理由ではないようだ。
単純な殺意、殺気。
全てが演技であるとはいえ、迫力がある。


くるりと白が『秋』の方を見る。
そして直後に硬直した。
こちらから表情は見えなかったが驚愕しているようだ。


「ここは赤の領域じゃねぇのか?」

ニヤリと笑った『秋』はいい表せないほど・・・どす黒いオーラを出していた。
邪魔だ、消えろ。
そう単純にオーラが伝えてくる。

『赤の領域ってなんだ』

アルギズは睨みあっている・・・と思われる二人を観察しながら思った。
なんというか・・・カヤの外と言う感じである。

「影が・・・」

それからの行動は早かった。
白はだむっと机を蹴って『秋』の前に降り立つと、胸倉を掴んだ。
『秋』の方が背が高いので、服を引っ張るだけの形になったが、
背中だけでも怒っているのがわかる。

「『影』が穢れていくっていってんだろ!!いい加減役目を果たせ!!」

叫んだ言葉が部屋に反響する。

「じゃなきゃアンタを生かす意味なんてないんだよ!!」

ぐらりと部屋が傾いたようなめまいがした。
急に来て殺そうとし、怒り出す白。
わけがわからない。

生かす・・・?
影・・・?
穢れる?
何の話だ。

定着する魂、削られている寿命
ただそれだけだということではないらしい。
話はそれほど単純なものではない。

―それが俺とどう関係ある?
―・・・何か知っているのか?
―夢の中で・・・


―俺を『殺せ』といわれて・・・


―いや、それはこいつじゃない。
―落ち着け。こいつはヨミだ。秋じゃない。

ぐるぐるした思考に完璧な演技が混ざって錯覚を起こす。
そう。目の前にいるのは秋じゃない。
白の叫びの反響が終わった時、『秋』は笑みを消す。



「どっちがいい加減にしろ・・・だよ」



「・・・!?」
ことばにならないほどの恐怖に白がまた体を硬直させた。
「『影』は変わるんだよ。・・・お前ぇも、全部な。」

「違う!!アンタが自分の役目を果たさないから!!」

「・・・へぇ。白・・・テメェ、俺様のこと気づいてないのか?こいつですら気づいてるのに?」

それは『秋』がヨミだということ。
そして、それはヨミと白が知り合いだということにも繋がる。

「な、何が・・・?」

白はもはや錯乱する一歩手前だった。
人をいきなり殺そうとする時点で尋常じゃないのも確かだが。
『秋』が混乱を招くことを言っているからでもあるが。

―だが、この・・・白は秋が俺の中にいると・・・知らないのか?

「帰れ、俺様には・・・」

ちらりとアルギズに視線をよこす。

「やることがあるんだよ。」

「・・・アンタに・・・」

「この世界はお前の『管轄』じゃない・・・歴史に干渉しようが人をいじろうがかまわねぇけどな・・・」

「アンタなんかに・・・」
白の手が緩む

「管轄外だと数名しか操作できねぇんだろ?無理するとテメェ・・・」

「なんで・・・」

『秋』から白の手が離れる。





「消えるぞ?」

ぱたっと手が横に落ちた。


「お前のせいで・・・俺は・・・俺らは・・・!」

その『お前』が自分であることに、アルギズは気づく。
ぶわっと殺気が襲う。
殺気だけなのに一瞬意識が飛びそうになった。

「俺らは消えるんだ・・・!!」


くるり、と白が振り返った。

とっさにてきとうな棒を掴み、刀を具現化させ対抗しようとした。
その時に、異変に気づいた。

―で  き ない!?

能力発動の兆しどころか何も感じない。
能力自体が消し去られたような感覚。

そうこうするうちに白はこちらへゆらりと来る。

何度も何度も発動を試みた、
だが、どう発動するかもよくわからなくなっていた。

―殺される・・・

「お前さえいなけりゃ・・・・・・・!!!」

とっさに避けると、先ほどまでアルギズのいた位置に白がいた。
地面が抉れ、破片が飛び散る。
避けたとたんに鋭い爪を構え、再び襲い掛かってきた。

素早すぎる行動に体をひねって避けるが、少しかすった頬が切れてしまう。

「お前さえいなけりゃ・・・!!!!」

―どこかでこういう風景を見た気がする。

さきほど持った棍棒で爪の攻撃を受けるが、耐え切れずに吹っ飛ばされた。
壁に激突して息が絞りだされる。
唯一の武器は砕け、使い物にならない。

「何が管轄だ!笑わせる!こいつに直接手を出せばすむんだよ!」

―そう・・・狂ったような殺気とか・・・

手に再び気を溜めようとするが、全くできない。
武器が生成できないアルギズを笑うように、ゆらりと立ちふさがった。

「消えてくれよ・・・。俺は消えたくない・・・消えたくないんだよおおおお!!」

ずきりと腕が痛んだ。
またあの痛み。
悪夢の・・・そして寿命を告げる痛み。


―ああ。そうか。




「お前もあいつと同じなんだな。」




アルギズをいらないと思う人たち――母親の・・・
乳母の・・・殺そうとした刺客の・・・

狂ったような笑いは同じ。


「やめろ。白。」

遠くで『秋』の声が聞こえる。
能力も使えない。
速さでも力でも敵わない・・・だけど、負けるわけにはいかない。
しかし、手段は全く思いつかなかった。

「消えたくないんだよ・・・!!!」

白が襲い掛かってくるのが他人事のように思える。
肩が・・・頭が痛い。
長いつめが喉に迫る。
ぼんやりとそれを見つめ、

「本当に消えちまうぞ。」

『秋』の声が聞こえた。
風を切る音、そして・・・鈍い音。

激痛は襲ってこなかった。
いつの間にか、自分の右手で白の手首を掴んでいる。
白の腕力に右手が悲鳴を上げるが、それでもがっちり固定していた。

・・・力の解放とはどういうものだったろうか・・・
恐らく、自分の力を流し込み・・・

自分でも不自然なくらい、アルギズは冷静に昼間のことを回想していた。
何故か、頭に流れてくる数字の羅列、痛いほどの情報。
それらに意識をぼうっとさせてしまった。

「・・・あ・・・・・ああ・・・・・」

腕力では明らかに勝っているというのに、白は恐怖の色を浮かべていた。
アルギズは理由を考えようとしたが、流れ込んでくる数字の羅列が邪魔をする。

―そういえば・・・かつても・・・


母親に騙され、猛獣と一緒に閉じ込められた時も・・・奴らはこういう顔をしていた。
そして、妙な情報だけが頭に入り込んできていた。
その後はどうなったのだろうか?
そう、そういえば・・・

アルギズは回想する。場違いなほどゆっくりと。
数日後、生き延びた自分が発見された。
そう、そうだ。

猛獣は、
もうじゅうは、

モウジュウ ハ――
アトカタモ ナク・・・――


「ああああああああああああああああああああああああああ!!」

叫んだのは白だった。
はっとしてアルギズが手を離すと、ぐっと右手を押さえている。
がくりと膝を突き、丸まる。
それでも声を押さえようともせず叫ぶ白。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・あああ」

「だから、言ったんだけどなぁ」

ぼそりと、つぶやく『秋』がいた。

ぱきりと軽い音がして白の右手が・・・


砕け散った。



「あ・・・・が・・・・・あああ・・・・」

「お前ぇも消えねぇよ・・・変わるだけだ」

『秋』がうずくまっている白を見下ろして冷たく言い放った。

「だが、直接手を出したらそれどころじゃねぇぞ?」

―・・・俺がやったのか?

自分の手を見てやや恐怖した。
あるはずの力は消え、ないはずの力がある。

「ああ・・・あ・・・消えたくない・・・消えたくない・・・」

みると、白が泣いている。
恐怖か痛みかはわからない。
しかしとにかく、泣いている・・・ぴきぴきという音と共に白の右腕にひびが入る。

―こいつは俺を殺そうとした・・・。
―だが・・・

「消えたくない・・・た、助けてくれ・・・」

アルギズは跪いて白を覗き込む。

「助けんのか?」

「後味悪いからな。」

といっても助け方がわからなかった。
白はあいかわらず呻いているだけだ。
それにひびは徐々に広がっている。もうすぐ肩にまでとどきそうだ。
血はでてない。
なんとなく陶器を壊したような状態だった・・・こんなものはみたことがない。
いや、一度だけ・・・。

「お前ぇ・・・自分以外はどうでもいいんじゃねーのかよ?」

「自分が生きたいから他の奴を殺すのは極論過ぎる」

「そうか?似たようなものだろ?」

「想像力の問題だな。
 消えたくなくて消そうとするのは当然の真理ではある・・・正しいかどうかはともかくな。」

「なるほど。」

とりあえずそっと傷口・・・というより壊れた後を再び観察する。
プラシチックを彷彿させる壊れ方だ。


『秋』は、しばらく唸るとアルギズの頭に手を添えた。

「・・・なんだ?」

「ちゃんと直すから大丈夫なんじゃないかなぁ?」

アルギズだけに聞こえるようにヨミの口調で言う。
直すという単語に違和感を覚えたが、とりあえずは安心できるようだ。

「とにかく、こいつを・・・」

応急処置をしようと思い立ち、白の肩に触れる。

「あ・・・あああああああああああ!!!!」

ばしりとその手をはたかれた。
恐怖に支配されたような目をしている。

「消える・・・消える・・・嫌だ・・・嫌だあああああああああああああ!!!」

衝撃が走って体勢を崩した。
白が突き飛ばしたのだろう。
体勢を立て直して見ると、白が扉に向かって走っているところだった。

「消える・・・きえ・・・」



バキイッ




白は硬直した
その胸に、先ほどはなかった大きな穴が空いている。
こちらの方を見て驚愕の表情を浮かべ、口の形が何か動いたのを捕らえた。

倒れるのが、妙にスローモーションに見えた。
ああいうのは演出かと思っていた。
アルギズは停止しそうな思考でそれだけを考えた。



再び地面に倒れた時、白が砕け散る。

ガラス細工のような、しかし、それより脆いもののように。




声が出なかった。
一度ではまともに出ず、三度目の試みでようやく出た。

「今のは・・・お前か?」

『秋』に視線を戻すと、首を振った。
違うということらしい。

「・・・今、最後に白が何か・・・」

「なるほどなぁ。」

いつの間にかヨミの姿に戻っている。
ヨミは白のいたはずの場所を見る。
そして窓の外に目をやった。
つられるように窓の外を見たが、何もいなかった。


―壊した?

―殺した?

―どうして?

―何故?

―俺が?

ぐるぐるとまた胸中で渦巻く疑問。

気持ち悪い。
ふらふら立ち上がり、白がいた場所を見た。
そこには何も残っていない。

「仕事ができそうだなぁ」

相変わらず棒読みに言うと、右手を掴まれ、引っ張られる。
「とーう」とか何とか言っていた。
妙に楽しそうにするな・・・と考える。
視界がぐるんと回転して、柔らかいものの上に倒れた。
ベッドの上に遠心力を利用して投げ出されたらしい。


驚いて体を起こすと、先ほどヨミが立っていた場所には誰もいなかった。

「・・・何も解決してないだろ・・・」

ぐるぐると体内に渦巻く疑問を残して、
その呟きには静寂だけが答えてくれた。










―久しぶりだ。

そう思ってコールは辺りを見渡した。
日はもう落ち、暗くなっている。
しかし、ここは五年前・・・あの時アルギズと出会った場所。

つまらない世界をおもしろく変えてくれるんじゃないかと、必死で来た場所。

それでも、やはり世界は変わらなかったが。
本当は元から世界はおもしろかったと気づかされた場所。

人気のない道を歩く。
カツカツという靴音が反響する。

―自分を縛っていたのは自分だった。
―つまりはそういうことだった。

思い出しながら笑う。
二年前に幼馴染と交わした約束は、ここでのことがなかったら永久にしなかっただろう。
そして、今のような楽しみも楽しさもわからなかっただろう。
花子に片想いすることなど、考えもしなかっただろう。

―まあ、恩に報いたいと素直に思えないわけだ。

自分で自己分析しながら歩く。
我ながら暇なことをすると自嘲した。
記憶に残っている通りに道を進み、城を目指す。
少しだけ懐かしく、少しだけ楽しい気持ちを感じながら。


―『ほら、自分で自分を縛るのはやめにしろって!』


二年前の花子の思い出しながら、父親の形見となった日記であるノートを鞄から取り出した。



『フィルーク・F・ソウェル』




ノートにはでかでかとそう書かれていた。












つづく


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送