<第四章 出逢う真実> 第三話 歪曲された事実


何故か城の前に人が集まっている。
そう思ったのは数分前。

今ではその原因であるだろう人物の声まで聞こえる位置に来ていた。


「どういうことだ!!納得いくまで説明せんか!!」


国の中心である城の門の前で、大通りまで響き渡る声で叫ぶ者がいた。
野次馬の群れで生憎人物を見ることはできなかった。
門番が表情を変えずに説明すると、さらに激怒する。

「納得いかぬ!!我はわざわざ伝えにきたのだぞ!!」

聞こえるのは小さい女の子の声、
ふと、心当たりのある声にアルギズは少し野次馬をかきわけて覗き見る。

門番と、エフと同い年の頃に見える少女が叫んでいた。
白い髪をおかっぱにした少女。
着物を着こなし、古風な・・・というより偉そうな言葉ではなす人物。
アルギズはその人物にものすごく・・・見覚えがあった。

「ガキじゃねーか・・・」

ぼそりと秋がつぶやく。
もちろん野次馬の声でその声は聞こえない・・・のが普通だった。
普通ではない少女がぐるんとこちらを向き直る。

「そこの者!!!」

びしっと袖が長くて完全に隠れている手を向ける。
尖った耳をピクピクとわずかに揺らし、怒ったように三つの目をこちらに向けた。

「誰がガキじゃ!我にガキなどとはふさわしくない言葉であろう!!」

「魔夢(マム)・・・」

これ以上ないくらい容姿を形容しているだろうということばは飲み込んで、
ことの展開に押されている全員に代わり、アルギズはたしなめる言葉をかけた。

額に三つ目の目があること以外は天霊の少女にみえないこともない。
魔夢はアルギズの存在に気づくと怒った顔のまま腕をぱたぱたふるった。

「アルギズではないか!!久しいな!今そこの無礼な輩を懲らしめてから昔話でもしようではないか。」

「・・・魔夢・・・本来の目的を忘れてないか?」

その言葉でふむと少し考え込んだようだが、ぱっと顔を上げたその目に怒りの炎が揺らめいていることから、
思い出さないだろうことは容易に想像がついた。


「成敗!!」

たぁっと子どもらしい掛け声で地面を蹴り、こどもらしくないスピードでライに蹴りを入れた。
ライはそのまま吹っ飛ばされて5、6メートル空中を彷徨った後地面に叩きつけられる。

「ラ、ライ君!」
カノンが心配して駆け寄った。
どよっと野次馬がざわめいた後、じりじりと退散をし始めていた。
とばっちりは嫌なのだろう。

「フン!我を子ども扱いする方が悪い!」

「魔夢・・・さっき言ったのはこいつだ・・・そいつは関係ない・・・」

「な!・・・い、いや!わかっておったわ!見せしめというヤツじゃ!」

ぷいっとそっぽを向く姿はどうみても子どもである。
これ以上視線を集めても仕方がない。

「・・・・・・とりあえず、話がしたいんだが・・・」

どっと疲れた気がしたが、気にしないことにした。
魔夢はうむと頷くと、先にとことこ歩き出した。
とりあえず、目立たない裏路地に行ったほうがよさそうだ。







魔夢は上級精霊であり、夢や幻影を司っている。
天霊とはまた違う種族であり、魔夢自身もゆうに百歳は越えているという。
まだまだ精霊にしてみれば子どもとはいえ、百年で培った知識は多い。
それ故にアルギズ達より大人だということはわかるのだが・・・

「フム。エフというのか?我の弟分にしてやってもよいぞ?」

「エフなの!」

自分より小さいエフを見つけたとたんにこの嬉しそうな態度というのは・・・
大人っぽくない理由がそこだということに本人は気づいていないようだ。

魔夢とアルギズは一年ほど前、とある反乱のようなものに参加していた際の仲間だった。
我ながら自暴自棄になっていた時期なので思い出したくない過去のひとつである。
コールと再会したのもその頃だが、心の中では黒歴史に認定されている。
それ以来会ってはいなかったものの、度々手紙などは送っていた。
とりわけ親しいわけでもないが、避けるほどの相手でもない。

魔夢はエフの頭をなでていた。
すっかり初対面なのに魔夢に懐いているエフは見ていてほほえましい物がある。

「まあ、我の知識にかかればわからないことなどないのでな」

えへんと小さい胸をはって言う。
エフはすごいの!といいつつ喜んでいるようだ。

「・・・ガキの集まりじゃねーか」

秋がボソリと言った。
またもやぐるんと魔夢がこちらを見る。
頬に氷を当てたライがビクリと反応した。
一々反応するから子どもっぽいのだが、とりあえずそれも言わないでおく。

「・・・で、だ。魔夢。親父に何を伝えようとしていたんだ?」

とりあえず話を逸らしておいても問題ないだろう。
むしろそうしないと本当に聞きたいことが聞けない結果になる。

「む・・・まぁ、良い。今回は『魂の定着』について我の提言を無視したことを・・・」

「・・・ちょっと待て。なんだそれは?」

魂の定着・・・そんな単語は見たことも聞いたこともなかった。
重要な単語なら知っていそうなものだ。
カノンやライを盗み見たが、同様の反応をしていた。
秋だけは目を細めて何か考えているようだったが。

「なんだ?知らぬのか?天霊ではかなり多い状態ではないか。」

―多い状態?

「ふむ。本当に知らぬのか?・・・ではまず輪廻ということばは知っているだろう?」

「りーね?」

エフが首をかしげた。

「輪廻・・・って死んだらまた生き返るってヤツだよな?」

ライがここぞとばかりに発言した。
そしてちらちらカノンを見ている。

「ふむ。まあ、それでよかろう。そこで、魂は何度でも使われるわけだ。」

記憶を消され、洗濯された魂はまた生命に宿る。
そしてその繰り返し。

「だがな。時に、大罪を犯したものはそこに戻れない者もおる。」

故意に望んだ大虐殺。
それ故に穢れきってしまう魂。

「しかし、戻れなくては循環が狂ってしまうわけだ。」

「えーっと?それって本当に?御伽噺とかじゃなく?」
ちょっと待ってと静止をかけるライ。
まあ、いきなりこんな話をされれば誰でもそうなるだろう。

「ム?精霊がここにおるのに輪廻は信じたくないと?」

「あーっと・・・?」

「まあ、信じずともお主は良い。問題なさそうだ。そこまで色も白くないしな。」

そこでちらりとこちらに視線をよこす魔夢。
その意味を少しだけ理解してしまう。

「で、穢れきった魂を漂白する簡単な方法は『魂の定着』となる」

魔夢が説明するには、
穢れた魂は魂の色が白い者に定着するという。
そしてその白さを受けながら浄化され、最後には定着者と共に循環に戻るという話。
必然的に、白に近い色の魂が多い天霊が多くこの状態になるという話。

「システムなんじゃねー?そういうの。」

今まで黙っていた秋がつまらなさそうに言う。

「そう。変えられぬ『しすてむ』とやらだ。・・・ただ、問題もある。」

ここまできて、わからないはずがなかった。

穢れた魂を浄化するために白い魂に定着すること、
最後には定着者と『共に』循環に戻るということ、
天霊に多いという状態・・・
つまり、

「ライ、カノン。ちょっと席をはずしてくれないか?エフも・・・頼む。」

突然の提案に訝しげにこちらを見るライ。
不安そうなカノン。

聞かせたくない。
そう思った。

「・・・別にいいけどよ・・・カノンちゃん。行こうぜ?」

「え・・・うん。エフ君も行こう?アルギズ大切なお話があるみたいだから。」

行く直前。
カノンはすこしためらいながら言う。

「アルギズ。約束・・・覚えてるよね?・・・絶対、今年こそはちゃんとお祝い言わせてね?」

少しだけ泣きそうになりながらも笑顔を保っているカノン。
心配をさせまいと、アルギズは頷いた。






「・・・俺様はいいのかよ?」

秋が頬杖をついてこちらを睨む。
その目をそのまま見返す。

「知ってたんだろ?」

そういう確信があった。
『この』秋は知っている。
そして知っていて黙っている。

魔夢が交互に見てきたが、何も話さないとわかると言う。

「・・・話が見えぬが、よかろう。何かわかったのだろう?」

ああと頷く。
ここまでくればあとはピースをはめればわかってしまう。

「問題は・・・定着者から拒絶反応が出て無意味な力の放出があり・・・
 そして、定着者の寿命が格段に短くなること・・・そうだろう?」

自然に出た言葉。
それはもちろん、自分に当てはまる状態。
三歳の時の自分の意図しない力の放出。
寿命が短くなるという『病』や『呪』でもない状態。

「そう・・・だが、なぜお主はそのままでいたんだ?」

魔夢はじっと魂を見透かすような目でこちらを見た。
いや、実際見えているのだろう。

「そのまま・・・?」

「知らねーからにきまってんじゃねーか。」

秋がぱたぱたと手を振る。
バカにするようなその態度に魔夢はむっとしたようだが、怒る前にアルギズに向き直る。

「行動次第によって、定着者は本来の寿命まで延命が可能となっておる。」

―・・・そう、なのか?

思いがけない希望が転がり込んできた。
本来の寿命まで延命が可能なら・・・

そこで、

「オメェはもう無理だけどな。」

秋の言葉が突き刺さった。

「・・・どういうことだ?」

「すまぬ。我も前に知っていながら・・・天霊国ですでに実施しているとばかりに・・・」

しゅんとなる魔夢。

「延命方法は簡単だ。一ヶ月単位くらいで溜まった力を放出してやればいいんだよ。
 そうすれば定着した魂からの力や影響を肉体がほぼ受けなくなる。」

だけどよ、と。
何故かにやりと笑っていた秋は、頬杖をやめてずいっと身を乗り出し、告げる。


「オメェはもう死にかけだからな?肉体の寿命自体残ってねーんだよ。」


ぱきり、と何か自分の中の支えていた何かが折れた気がした。

秋が何故それを知っているのか、何故それがわかるのか・・・
それらがどうでもよくなった。
話が少し遠くに聞こえる。

王に告げても実施されなかったという・・・回避法。

アルギズは母親の顔を思い浮かべる。
どう考えても知っているようには見えなかった。
迫害対象である息子の所為にして、幸せを勝ち取ろうとした母親。
妻の意思を継いで息子を殺そうとした現国王。

何かが、何かが働きかけている・・・

しかし、今はそんなことはどうでもいい。
意識を叩き戻す、そして睨むように秋を見た。


「・・・俺は後どのくらい生きられる?」

秋が目を細めた。
小さくことばがつむがれたが、聞こえなかった。
だが、答えてくれる気はないようだ。
魔夢に目を向ける。
言ってもよいのか?という風にこちらを見てきた。
頷くと、少し戸惑った。

「死にたくはないが、その方法は自分で見つける・・・それよりもタイムリミットが知りたい。」

目をつぶる秋。
何かを考え込んでいるようだ。

「フム・・・今から放出して過ごしてもそう変わらんが・・・そうだな。3ヶ月くらいだ。」

つまり、人間界で10月まで・・・

―間に合わせなければならない。

10月24日―それが自分の誕生日。
カノンと約束した日。
一ヶ月は必ず延命しなければならない。
その方法を探さなければならない。



諦めるつもりなどは、ない。


―絶対に生きる。



「わかった。ありがとう。」

アルギズがお礼を言うと、困ったように魔夢は唸った。
ひとしきり唸った後、

「勘違いしてもらっては困るがな・・・」

と切り出した。

「我はもちろんお主の延命を願っておる。」

少しだけ、

「わかってる。」

少しだけ、柔らかく笑えた気がした。









つづく

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