<第四章 出逢う真実> 第一話 理解できない事実



「双影 秋(ソウエ アキ)・・・お前、俺とどっかで会った事ないか?」


「ふぁあ?ふぁんふぇふぉふぇふぁ・・・」
「食べてから話せ。」
アルギズ達は泊まっていた宿の食堂にいた。
一部屋の小さな物で、ほかに客は見当たらない。
そしてエフは心配で疲れていたのか、アルギズの横ですやすや寝息を立てていた。
アルギズの目の前にはぼさぼさの赤茶色の髪を束ねた長身の青年が食事にありついている。
一応助けてくれた『お礼』ということになっている。

だが、アルギズはそれ以前に問いただしたいことがあった。
何故悪夢で出てきた・・・あの緑髪の少女に話しかけられていた青年が、
約束があるから生きたいと願っていた青年が、
そのためにはアルギズを殺せばいいと言われた青年が目の前にいるのか。
そのことについて問いただしたかった。

「はあ?生憎ヤローの顔は覚えねぇようにしてんだが。」
「ふぅん」
「ナンパか」
「断じて違う。」
「へぇ・・・。ま、いいか。」
警戒を怠るつもりがないアルギズは油断なく青年を見る。
よく見るとなんとなく・・・なんとなく自分の顔立ちと似ている気がした・・・が、
「気のせいだな。髪型のせいだろ。」
「ふぁふぃふぁふぁ?」
「食べてから話せ」
「ふぁ・ふぃ・ふぁ・ふぁぁ?」
「だから飲み込め。」
ごくりと青年が食べ物を飲み込む。
そしてやや不機嫌になったのか、じろりと見ながら言う。
「・・・な・に・が・だぁ??」
パタパタと顔の前で手を振って話をなかったことにする。
青年、秋は大して深く考えていなかったのかあっさり食事に戻る。
が、すぐに思い出したかのようにぴたりと止まった。

「そういやおめぇ・・・そいつの名付け親なんだって?」
ニヤッとしながら顎ですやすや寝ているエフを示す。
からかうような口調だ。
どこからそんな情報・・・多分エフからだろうが。
アルギズは内心幾度目かの溜息をつく。
「名付け親じゃなくて愛称つけただけだろうが。」
「へぇ?フェンリルの頭文字でF・・・ねぇ・・・ま、良くも悪くも普通だな」
「ほっとけ。」
秋はさらにニヤリと笑った。
「フェンリルっていったら大層な神様だぜ?なんでわざわざ縮めたんだ?」
「神様じゃないだろ・・・狼だ・・・」
「そんなことはどうでもいいんだっての。」
嫌な奴だ。
「俺様が聞きたいのは愛称なんてつけなくてもよかったろって話だ。」
「・・・堅苦しい名前だからな。」
「ふぅん。」
秋は納得しているのかいないのか、アルギズから視線を外すとパンを千切る。
「じゃあ他の名前だったらどうしたんだ?」
「はぁ・・・まあ、長い名前だったら言ったかもしれないが」
「へぇ」
また納得したのかしていないのか、少し考えるようにパンを口に放り込む。
しばらくもごもごやっていたが、唐突に口を開く。
「ミドガルズオルム」
「は?」
「フェンリルの・・・神話のフェンリルの兄弟の大蛇だな・・・どうする?」
「お前それ聞いてどうするんだよ。」
「暇つぶしに決まってんだろ?」
秋はまたもやニヤリと笑う。
目を細めているので秋が微妙に蛇に見える。
ちょうど瞳は黄色。
「ヨミ」
自分でも不思議なほどに自然にアルギズはことばをつむいだ。
「はぁ?『ミ』しかあってねーぞ?」
「てきとうだ。ミドガルズオルムの別称でヨルムンガンドとかがあるらしいからな。」
「あー・・・頭文字あわせて『ヨミ』・・・?」
「ああ。」
「・・・・・・・・・・・いいんじゃねーの?」
正直、アルギズは意外に思った。
てっきりバカにしてくると思っていた。
しかも真顔で言われたため、余計に意外だった。
秋はしばらくアルギズが反応しないのを見てニッと笑った。

そのとき、唐突にわかってしまった。
この『秋』はあの夢の血まみれの青年ではない。
見た目は同じだが・・・出しているオーラが別物だ。
なんというか・・・あの秋よりも――――

そんなアルギズの思考に気づいているのかいないのか、
秋はがつがつと食事を再開した。

それにしてもよく食べる。
こっそり溜息をつきつつ、財布の中身を確認するアルギズだった。



「そういや聞かないのか?」
秋が何皿目かわからないパスタの皿をカチャンと皿の上に乗せてから唐突に言った。
「何を?」
「いや、人間の俺様がここに来た理由」
ニヤッと秋が笑った。

確かにそれは疑問に思っていた。
天霊の国に人間が来てからもう数十年となる。
もちろん最初に自力で来たのはコールだが・・・
とにかく、一部の人間に認知されているとはいえ、
天霊国に来る人間はごくわずかだ。

「聞いて欲しいのか?」
「言って欲しいのか?」

すかさず言い返され、少々黙り込む。
ニタニタという笑い方がこちらの心を見透かされている気分にする。
こいつは何が言いたいんだ?

「そうだな。教えてくれるなら教えてくれ。」

またもやほとんど考えずに口はそうことばを紡ぎ出していた。
ガラにもなく焦ったのだろうか。

「王に伝えたいことがあるんだよ」

それだけ言うと、秋はこちらの返事を待った。
どうやら内容はこれだけのようだ。
もちろんこちらがそれで納得できるわけがない。

「あいつに?・・・一体何を?」
「『フィルークの一子が見つかった』ってな」

そう聞かされて少々驚いた。
フィルークという名には聞き覚えがある。
確か伯父に当たるはずだ。

「フィルークってのは・・・確かアルファ・・・現国王の・・・」
「そ、兄だろ?行方不明になってた。本当ならそいつが王位継承者だろ?」

そう。現在父―アルファの兄弟は上からフィルーク、ベータ、シエルの三人。
次男アルファ・・・つまり父が現在の国王であり、
ベータ・・・彼女は現在殺人未遂で牢獄におり、
シエルが第二位継承者のライの父である。

この国は一番上が王位を継承することになっており、
当然本来ならフィルークが継承するはずだった。

「誘拐されて行方不明。さて、そいつの子どもが見つかったってことはどうなる?」

当然、アルギズやライより優先されてその人物が次期国王になる。

「・・・だが、フィルークは既に死んでいるんだな?」
「あー。けっこう前にな。」
「じゃあどう説明するんだよ?」
「ご心配なく?『第二位』継承者アルギズさんよ」

アルギズは少々顔をしかめた。
こいつは知っていたのだ。自分がアルファの一子であることを。
どうりで全然知るはずもないのに助けたわけだ。

「俺に取り次げと?」
「よくわかってんじゃねぇか」
「自分で行けばいいだろ・・・」
「どう取り次ぐのかわかんねぇんだよ」

はき捨てるように言う秋。
確かに人間にはわからないだろうに。

「とにかく、さっさと王宮に向かうか・・・」

ほうっておけばこいつは食堂をつぶれさせるほど食べるに違いない。
ある意味そっちの方が問題だ。
「おーきゅー?」
エフが「むー。」と言いながら起きた。
「エフ。お前も来るか?」
「行くの!」

ぴょこんと飛びついてくるエフを撫でてやる。
いつもながら全身で感情を表現する奴である。

「なんか親子みてーだよなぁ・・・」
「・・・・・・俺を何歳だと思っている。」

15歳が8歳ほどの・・・小さく見積もって5歳の子どもを生めるとでも言うのだろうか。
いや、アルギズはどちらにせよ生めないが。

「ちげーよ。テメェが年寄りくせーだけだっつの。」
「お前なぁ・・・」
「考え方古臭いっつーか・・・十代で悟り開いてるっつーか・・・」

―どういう意味だよ

心底そう思ったが、ことばにする前に溜息と共に外にもれ出た。
一々相手にしていたら一向に外に出られるはずがない。
くるりと背を向けて歩き出す。
そのうちついてくるだろうと思った。

「なぁ。」

と、秋が背中に向かって唐突に話しかけてきた。
首だけで振り向く。
いつものニタニタ笑いは変わらないが、目は笑っていない。
真剣な光・・・鋭利な光を放っている。
動揺を隠し通し、「なんだ」と返事を返してみる。



「オメェ・・・たまに誰かに無理やり人生を操作されてると思ったこと、ねぇか?」



その言葉に

―あんた、たまに誰かに無理やり人生を操作されてると思ったこと、ない?

自分と同じ考えを発したことばに体が硬直するのを隠せなかった。










「白」

そう呼ばれた少年はくるりと振り返った。
さらさらと白い髪が揺れる。
その不機嫌な犬のような表情の少年に声をかけた女性はくすりと笑みを浮かべる。
ウェーブのかかった緑色の髪を一つに束ねた女性。
目、服、靴、髪・・・すべてが緑色だった。

「あら?『赤』に断られたって顔ね?」
予想通りなのだろう。
別段落胆した様子も驚いた様子も見られない。
「それが?悪いのかよ」
「いえ?でもこれまでは無許可だったでしょう?」
「そりゃこの管轄の奴に許可取らなきゃ『直接』動けないだろ?」
「ふふ・・・『間接』でもずいぶん制限があって困ってらっしゃるのでしょ?」
むすっとした少年は答えない。
「そうでしょうね?さりげなく赤にも気づかれずに間接的に一人の人間を消すのってとても難しいのよね?
 手を加える人数も強弱も全部・・・あ。それに一人に力加え続けたら狂っちゃうものね」
くすくすと笑う。
少年に同情しているわけでもないようで、単にからかっている。

「お前は影が穢れてもいいのかよ?」
「あら。そんなの嫌に決まってますよ?平気なのは赤とあの人くらいでしょう?」
「『青』は・・・?」
「ふふ・・・別の手を打っていますよ・・・私もかなりまえから打ってあります」
「ふぅん。」


白は興味なさそうに相槌を打ち、再び女性に背を向ける。
その様子に少し何か思ったことがあったのか、女性は目を細める。
蛇のような細長い目。
その表情に背を向けている白は気づかなかった。
それが白の最大の過ちである。
そっと緑の女性は手を白の肩へと乗せる。

「ねぇ、白?直接壊してしまえばどう?」
「・・・どういうことだ?」

くるりと振り返った先の女性は既にいつもの穏やかな笑みだった。

「だから、間接的にするのが無理なら、直接殺せばいいの」
「・・・そんなことしても大丈夫なのか?赤に・・・」
「あら?気づかれても殺してしまえばこちらのものよ?」
「・・・あ、ああ。」

少し戸惑うも同意してしまう。
緑にいわれると妙に納得してしまう。
その通りなのだろう。
影を助けるには確かにその方法しかないのかもしれない。

「クス・・・じゃあ私はそろそろ行くわ」
「ああ。サンキュな・・・緑。ちょっと行き詰ってたんだよ」
「いえいえ。いいのよ。」

ニコリと笑った少女は白に背を向けて歩き出す。
緑と呼ばれた少女はくすりと小さく笑う。

『成功しなくても私に損はないからね。』

その呟きは誰に聞き取られるでもなく虚空に消えた。
















古びたノートをコールはめくっていた。
薄い大学ノートほどのものであるが、全体的に破れそうである。

徹夜の後の気だるい昼。
自分の手伝いをしていた一条は机で爆睡しており、起きる気配もない。
そもそも、コールの頼みにより部下は一条以外ここにはいない。


収穫はゼロ


わかりきっていたことだが、少々落胆を隠せないのも事実である。
これは科学で解明できないことだ。

天霊の世界で解決するしかない。

20歳の時、コールは天霊国へと渡った。
しかし、高校を出たのは16歳。
4年間――ずっと探していた。

「行ってみるか」

自分に言い聞かせるように呟く。
5年ぶりである。いや、もうすぐ6年。

久々に渡ることとなる。



メモを一条の隣に置くと、コールは歩き出した。



















つづく

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