<第三章 過去>「第五話 別れ、そして浮上」


ライの乳母が消えてからもう数ヶ月経っていた。
ライには真実は告げられず、
アルギズの立場に同情的なライの父、シエル・・・
つまり国王の弟が手回ししてくれたお陰で
アルギズたちは何もとがめられなかった。

そもそも王子と言う立場上国民に、『アルギズがあの病にかかっている』ことや、
『そのため暗殺を王がくわだてていること』などを伏せている状況で咎められるわけもなかった。

それから数回暗殺は来たが、捨て身の暗殺はあれきりだった。
そのためコールによって門前払い状態だった。
ライは相変わらずで、カノンという世話係もめずらしく長く続いている。
こういう日々がずっと続いていた。

だからコールが来てからもうすぐ一年経とうとしている時に、

「今日人間界に帰る」

というコールのことばはアルギズにとって予想していなかった。
確かに何をしに来たかわからないところもあった。
そしてここに在住するとは一言も言っていなかったこともあった。
しかし・・・
「今日ってのは突然だな」
「まあ、昨日決めたしな」
「ふぅん」

素っ気なく返すと、コールは荷造りしだした。
と言ってもほとんど手荷物などなかったが。

「・・・・・・で、結局何しに来たんだ?」
「知的好奇心の旅」
「答えたくないんだな。」
何度も聞いた答えに溜息をつくと、アルギズ額を押さえた。

「で、なんで帰るって?」
「そろそろ俺も就職しないとな。」
「ああ・・・向こうでか」
「さそってくれた奴がいてな。男前な女なんだが。」
はぁ、とアルギズは生返事をする。
それにしても出会った当初よりはかなり丸くなったなぁと考えていた。
たまに見下した言い方をすることはまだあるが、
だいぶ冷たい言い方もしなくなった。
自分のことも少しは話す気になったようだった。
しかし、慣れてきたとたんに帰るとは。

「お前も来るか?人間界」
このセリフも、出逢った当初なら絶対に言わなかっただろう。
「やめておく。気が向いたら行くことにする。」
アルギズは肩をすくめた。
「ふぅん。まあ、一応第一位継承者だしな。」
「ああ。」
服をたたむ途中でコールがぴたりと動きを止めた。
「・・・お前、最初のころ『流れが捻じ曲げられる』とかどうとか言ってなかったか?」
「・・・よく覚えてたな」
「いや、言おうと思って忘れてたんだが?」
「あ、そ。」
「あれ、具体例に親父さんがいるだろ?」
アルギズは顔をしかめた。

「いつ気づいた」
「割と最初の方だ。普通に心理状況を理解できない。それなのに誰も指摘しない」
お前を殺しても利益が出ないからなと手をひらひら振る。
「・・・・・・・まあな。だが、親父も狂っているだけだろう」
「俺も違和感だらけだ。まるでこの環境は・・・ただ、」



―ただお前を殺すためだけに構成された環境のような。



コールはそう言ってアルギズの反応をうかがった。
アルギズはただ肩をすくめる。
気づいてはいるが、そんなわけがないだろうと言いたげだった。
「神がいるのだとしたら、俺を殺したかったら存在を消せばいいのにな。」
「直接手を下せないだけだろうがな」
コールは何故かそう呟いた。
「なんだと?」

「だから、もしだれかがこの大きな流れに修正を加えてるなら、
それにはいくつか条件や無理な点が出てると考えると・・・以外に面白い仮説だろう?」

アルギズは少し考えた。
だが、そんなことがあるわけがないのはわかっている。
「お前からそんな妄言が聞けるとはな」
「だが、創られた世界なんだろう?・・・人為的に」
「・・・・・・・・・・・・。」
コールは笑った。

そして言った。
この世界は他の本物の世界をまねて創られた人為的なものだろうと。
そう気づいたから、ここへ来れたと。


それは確かに式神界で有名な歴史に刻まれている。
誰でも知っているのだ

―3人の『創造主』の存在を。
―この世界は3人の創造主によって創られたことを。

それを創造主の一人により意図的に知らされていない人間では、
そこにたどり着くのは不可能のはずだったのに・・・。
コールは自力でたどり着いていた。

「じゃあ王都にいる『創造主』が俺を殺そうと・・・?そんなはずないだろ。」
「そうだな。だがな。」


―もし、世界を作るのが可能なら、そうさせようと流れを変えた奴が、いてもおかしくないだろ


「・・・・・・・・・・。」
「まあ、証拠も何もないからな。」
「・・・・お前な。」
「だがある意味、お前の存在が色々証明している部分もあるが・・・」
「それが、お前がここに来た理由か」
コールはにやりと笑った。


「世界はまだまだ捨てたもんじゃないからな」



コールは荷物をまとめた。そして立ち上がる。
「結構楽しかった。じゃあな。」
「・・・結果」
扉にむかうコールはその呟きに足を止めた。

「・・・なんだ?」
「その妄言・・・証明する気なんだろ・・・?結果、楽しみにしてる」
にやりとアルギズは笑った。

「・・・・・・・・ああ。」
コールもつられたように笑う。
そして手を差し出した。
それを握り返すアルギズ。
「またな。」
「ああ。」

コールはそれきり話さずにきびすを返すと、去っていった。
アルギズも黙ってそれを見送る。

と、手に何か握らされていたことに気づいた。
それは番号の羅列で・・・その時はなにかわからなかった。
こうして、コールは思い出となる。









そして五年後。
アルギズは家出をして、人間界にやって来る。
覚えていた番号の羅列を電話だということを理解もした。
しかし生憎人間界の通貨は持ち合わせておらず、右往左往する羽目になった。

耳はなんとかフードで隠したが、やはり不審者に見えるようだ。
その時、声をかけられたのを覚えている。

「HEY YOU!久しぶりだな!!」

それはサンタ帽子をかぶった・・・変人だった。


















ふわふわとどこかに浮いている感覚がある。
暗い。
ここはどこだろうと首を回そうと試みたが、動かない。

―どうしてだ?

長い夢を見た。
昔の夢。

無理やり思い出させられた感が否めない。
誰が?いったい・・・それとも、ただの思い込み?

―どうすればいい?俺はどうすれば・・・?
―どうしてこういうことに?
―俺は・・・












ぐんと浮上感がある。

「アルギズ!起きたの!」

目をぱちぱちしていると、声をかけられた。
これは、エフの声。
アルギズは起き上がると、ぎゅうと腹辺りにエフがまきついていた。
涙目で。
というより現在進行形でえぐえぐと泣いている。
どうしたのだろうかと思って辺りを見ると、天霊界の宿屋だった。
すでに太陽は高く上っている。
そして思い出す。

自分は多分倒れたのだろう。
それで・・・ベッドにはエフが・・・運ぶわけがない。

―じゃあ誰が?

アルギズは不審に思って部屋を見るが、誰もいない。
「エフ・・・俺は、どうしたんだ?」
なだめつつ聞いた。
「アルギズ起きないの嫌だもん!」
が、よけいに逆効果だったようだ。
悪かったといいつつなでてやる。

その時、ぎぃっという音がして扉が開いた。
「おお。起きたか。」
それは、ぼさぼさで長い赤茶色の髪を1つに束ねた青年だった。
長身で無駄のない筋肉がついている・・・人間の青年。
アルギズは少し目を見開いた。

「礼くらい言えよ。そのチビッコが右往左往している時に助けてやったんだから」
にいっと笑った。
「ああ。紹介が遅れたな。俺は双影 秋(ソウエ アキ)。」
青年・秋はにっと笑った。
「礼くらいはしてくれるんだろ?アルギズさんとやら?」

しかし、アルギズは何も言えずに見ていることしかできなかった。
その姿は紛れもない。



夢の中で出てきた血まみれの青年が、目の前にいた。
















つづく

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