<第三章 過去>「第四話 力の本質」


決闘騒ぎから数ヶ月過ぎた。
コールは相変わらず偉そうだし、何が目的かもわからない。
聞いても『知的好奇心探求の旅』だとかしか返ってこない。

かといって、コールがアルギズに友好的でないかといえばそうでもない。
授業にしても相変わらずやる気がないが、それなりの信頼関係には成り立っていた。

そんななかでのいつもの暇な午前の授業の時の話だ。
コールは相変わらず教えるつもりもないらしく、
アルギズの部屋にあるまだ片づけていない罠探しに熱中していた。
解除しにくいものもあるらしく、それを壊すのが日課になっていた。

アルギズにしてみれば『殺すための罠』を解除する気もちはよくわからなかった。
下手すれば死ぬだろうと思うのだが、どうやらそれは凡人の考えのようで、
コールにしてみればゲームと大して変わらないのだそうだ。

「よく飽きないな」
アルギズはライから借りた本を読みながら言った。
ライの本は大抵手付かずで捨てられるのでコールが分解を始めても罪悪感はあまりない。
そもそも、ライの本に罠などしかけられてはいないだろうが。
コールは柱に取り付けてあった爆破装置を解除しているところだった。
ダミーの線が52本、正解1本のものをためらわずに切っている。
人間界の産物らしいが、どこから入手したのかは不明のようだ。

「それは製作者に言った方が得だな。」
コールは解除が完了した物をさらに分解している。
それらを組み立てて何か作るようだ。
アルギズの机にもコールが作った電気スタンドと呼ばれる物がおかれている。

天霊国に電気は存在しないこともないが、
それは精霊の力などに頼るものである。
だからコールのような発電装置や精霊の力を頼らない力と言うのは初めて見た。
アルギズはしげしげコールの手元を見る。
「お前って本当に改造好きだよな」
「科学者であり発明家だからな」
「それなのに『世界がつまらない』ってのは矛盾してないか?」
「お前こそそのじじくさい考えは外見と矛盾してるな」
「お前に言われたくない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
はぁと溜息をつくアルギズ。
それにかまわずせっせと何かを組み立てているコール。
そういうことをしているコールはいつもの皮肉屋というよりただの子どもだった。

「どうでもいいけどこれ以上ガラクタ増やすなよ。」
「実用的なものばかりだろ」
コールはそっけなく答えた
アルギズは目の前にある電気スタンドや、ストーブと呼ばれる物体を見た。
「まあ、珍しくはある。」
「そりゃな。」


その時、どたどたあわただしい音が聞こえた。
音の方に目をやると、扉の前に汗だくの従兄弟がぜえぜえいいながら柱にもたれかかっていた。
「・・・ライ、今度は何だ」
「なっ!お前!それだと俺が何度も無駄に尋ねてきたみたいじゃないか!」
「実際その通りだろ」
「違う!今日はちゃんとこうおつかいにきたんだよ!」
ライは手に持っている白い封筒を差し出した。
「これを家庭教師の兄ちゃんにってさ」
「・・・普通こういうのって使用人が持ってくるだろ・・・」
アルギズが受け取りながら何気なく言うと、ライがぎくりと体をこわばらせた。
「い、いやいや!俺がカノンちゃんに会いたいから無理言って来たなんてことは・・・!」
「なるほど。」
「だから違うっての!!」
「コール。手紙だと。」
アルギズが水平に投げると、コールは右手で作業しながら左手の人差し指と中指で受け取った。
礼も言わないのはいつものことだ。

「それにしてもよく続くよなぁ・・・いつも一ヶ月も続かないだろ?」
「まぁ。」
「そうだよな・・・お前だっていくらなんでも男には手ださないよな。」
「お前の中の俺はどんな奴なんだよ」
「俺よりバカ!」
「・・・・そうか。」
「ちょ、ちょっとまて!なんだその哀れみの目は!本当のことだろ!!」

―こつん

「遊ぶなら外で遊んで来い。」
紙くずをコールに投げつけられた。
ライはくじけず部屋を見渡す。
「あ。そういえばカノンちゃんは?」
「カノンは食堂だ」
「お、おおおおおまえ!!いつの間に呼び捨てに!!」
「前からだろ」
「そうだっけ?じゃ!またな!」
ばびゅんという音を残してライは消えた。

呆れて溜息をついてからアルギズはコールが投げつけた紙を拾った。
どうやらさっきの手紙のようだ。
暗に読めということなのだろう。

くしゃくしゃになった紙をのばして見る。
どうやら、国王から送られた以前と似たような内容の物だ。

要するに、アルギズを暗殺せよということ。

「だんだん額が上がってきてないか?」
「そりゃな。」
アルギズが再び丸めた手紙を捨てた。
アルギズに賞金がかけられはじめたのは今に始まったことではない。
もう最初に書かれていた額の倍にはなってきている。

一週間置きに手紙は着ている。
それをコールはことごとく無視していた。
興味がないのだそうだ。

その時、
コールがちょうど爆弾の分解が終わったところでぴたりと動きを止める。
そして扉の方に目をやる。
アルギズもその視線を追うが、特に不審なことは・・・


―ピキィイイイイン

鈴の高い音だけを拾ったかのような音。
アルギズのピアスが発している音だ。
つまり・・・

アルギズとコールはざっとその場から飛びのいた。
扉から何かが投げ入れられる。
筒のような、何か。


空気がはじけた。

それが機械的なものでなく式神が使う力なのだと気づいたのは、
風圧によって壁に叩きつけられそうになった時だった。
アルギズはなんとか床に着地する。

顔を上げると、部屋の中央に肉食動物がいた。
ちょうど人間界のヒョウと呼ばれる動物のようだ。
しかし、決定的に違うのが、色がなく、ほとんど透けているところだ。
明らかに自然界のものではなく、能力により意図的に作り出されたものだ。

独特な、しなやかな筋肉をゆっくりと動かしている。
ちょうど、獲物を目で捕らえたようだ。
アルギズはゆっくりと移動しながら様子を伺った。
コールとは円形の部屋のちょうど反対側に着地したようだ。
冷めた目でヒョウを見据えている。

しかし、ヒョウはコールに興味などないようだ。
そういう風に作られているのだろう。
だとしたら逃げても逃げ切れる可能性は低い。

ヒョウは唸り、自分のまわりに風をまとっている。
風系の産物なのだろう。
アルギズは頭の中で城の中にそんな奴がいたか考えた。
本当に二つの能力を持っている人がいないと仮定すると、
ひとりしか思い当たらなかった。

そもそも、二つの能力を持つなどほぼありえないのだ。
アルギズのような先天的な病によるものか、
先天的にそういう体に生まれるというこの世界に一人いるかいないかという者を除いて。

だから、この能力を使えるのは城の中には一人しかいない。
あのライの乳母を除いて一人も。




ざっという音と共にヒョウがこちらに向かって動いた。
口を開け、鋭い牙を覗かせている。
アルギズは姿勢を低くして、照明用に置いてあった飾りロウソクを掴んだ。

ほとんど考える間もなく投げつけると、メキという音と共にロウソクが砕ける。
しかし、全く効果がなかったわけでもないようで、顔に当たったヒョウは二三歩顔をふって後退した。
やはり、実体化はしているのである程度カタチを崩せば反応するらしい。

アルギズは隙を見逃さず右に走ると、壁にひっかかっていた昨日の折れた剣を取る。
自分の力を流し込んで剣を完成させる。
この能力は柄がないと、そのまま刃を握ると同じくらい危険なのだ。
コールはというと、反対側の壁から辺りを慎重に見ている。

目を放した隙にヒョウはアルギズに飛びかかり、アルギズは剣を突き刺す。
しかし、手ごたえがない。
振り返るとヒョウがカタチを修正しているところだった。
どうやらさっきので学習したらしく、攻撃される前に実体を解除したらしい。

アルギズはぐっと剣を握り締めた。

なら、狙えばいい。
実体化する瞬間を。

ヒョウは慎重にアルギズを見ながら壁沿いを歩く。
アルギズはふっと肩の力を抜き、手をだらりと両脇に垂らした。
その瞬間を肉食獣は見逃さなかった。
姿勢を変えて一気に襲ってくる。
アルギズは左腕をヒョウに差し出す。
ガリッと牙が食い込むのがわかった。
その瞬間に右手の剣を思い切りヒョウの腹部につきたてた。

腹部を切り裂き。そのまま背中を斬って真っ二つにする。

ヒョウは一瞬にして霧散した。
心臓付近に構成している核があったのかもしれない。

「痛てぇ」
アルギズは切ってしまった左腕を見た。
とっさに差し出してしまったが毒が入っていたらただではすまなかっただろう。
それは、その能力がそんな応用に使えないことを知っての行為でもあったのだが。

「ほら、捕まえたぞ。」
コールが中年女性の腕を掴んでいる。
術者だろう。予想通り、ライの乳母である。
「どこにいたんだ?」
「すぐ外で指揮取ってたな。」
コールはこともなげに言って乳母を見下ろした。
乳母は憎憎しげにアルギズとコールを睨んでいる。
「化け物・・・」
「どっちがだよ。」
アルギズが肩をすくめた。
乳母はしばらく黙り――そして何か呟いた。
「?」
コールが眉根にしわを寄せて見た。
一瞬の後アルギズははっとした。
「詠唱だ!」
コールはばっと乳母の手を放した。
カマイタチのような空気が乳母のまわりをまとう。
すうっと空気に溶けるように消える女性。

しかし空気の振動は止まらず、勢いよくアルギズに襲い掛かった。
舌打ちをしてコールは剣を手に取る。
しかしそれはあっという間に空気の塊にへし折られた。

アルギズは扉から外に出ようとして先回りされ、急いで部屋の中に引き返した。
しかし、逃げ道はない。
窓から逃げるにしても、ここは侵入者防止のためかなり高い位置に窓がある。
アルギズが届くわけがない。



―死ネバ イイ




空気の振動は音となってアルギズに届いた。


―コノ国ノ 災イ ハ・・・
―ウマレテ コナ ケ レ    バ・・・


どんどん聞き取れなくなってきた。
術者が無理をして力を使っているからだろう。
このまま使い続ければ命を削るほどの無理を。
自我が崩壊する、想いだけの力になるというのに・・・



―シ   ネ


バキィッという音がして完全に音が途切れる。
それほどまでに殺したいのだろう、アルギズを。

「断る。」

アルギズは、自分を殺そうとした母親に向けたことと同じ言葉を紡いだ。
剣を構えた。
効くかなんて問題じゃない。
生き残ってやる。
なんでこんな奴の、こんな奴らの言い分で・・・

「俺が死ぬ理由はない。」

カマイタチはすぐそこまで迫っている。
そのうずまく空気の塊に触れればさぞ汚く肉体が解体されるだろう。

その時、空気の音に混ざってククという声が聞こえた。
乳母の声ではない、コールの声だ。

「お前、やっぱりおもしろいな。だから・・・」

―ザグシュ

空気が飛び散った。



「一回だけ助けてやるよ。」



空気の塊が切られたようだ。
真っ二つになって霧散する。
カマイタチがなくなると、コールが目の前に立っていた。
『折れていない』剣を持っている。
「・・・お前・・・それ」
「ああ。これか。気合だな。」
コールはそう言って剣を振ると元の折れた剣に戻った。
「何者なんだよ。」
「俺はコールだ。お前こそ、『死ね』って言われて『断る』はないだろ。傑作だな。」
思い出したのか、再びクククと笑っていた。
「お前な・・・」

そこで、ドサリという音が聞こえて扉の方を見ると、
衰弱して透明になっているライの乳母が見えた。

「コノ国は・・・終わり・・・まし・・・た。」

独り言を呟いている。

「すいませ・・・ん。コクオ・・・ウ・・・・・・・サ・・・・・・マ・・・・」

ガクリとそこで力尽き、空気に溶けて消えていく。
能力を無理に使いすぎたものはこうなる。
体に負担をかけすぎる。
本来のライの乳母の能力は本当に微弱なのだ。それをあそこまで使ってしまった。
その結果だった。

「・・・・・・・・消えたな。」
コールが呟いた。
「俺はさしずめ、殺人者になっちまったのか?」
特に気にした風もなく、コールは肩をすくめた。
アルギズは黙っていた。


「アルギズーーー!!」


その時、空気を壊すようにライが登場した。
本当に、空気を読めない奴である。

「おい聞いてくれよ!!俺の勉強が今日に限って多いんだ!!手伝ってくれよ!」
「・・・・・・さぞ、あの乳母に押し付けられたんだろうな。」
「そうなんだよ!なんだってーの!『私はいつでもライ様のことを考えておりました』たって過去形かよ!」
「よかったな。愛されて。」
「おばはんに愛されて嬉しいか!!・・・って、どうした?」
「別に」
アルギズは目を逸らした。
ライは部屋のありえない散らかりようを見て言ったようだ。
さっきのライの乳母がなっていたカマイタチのせいだろう。
コールはそれを見て肩をすくめる。

「本当にどうしたんだよ」
「なんでもないって」
アルギズは本を拾い出した。

「お前も手伝えよ。」
そう言ったのはコールだった。
アルギズはお前もだろと思ったがだまっておいた。
「手伝うのは友達の役割だからな。」
だが、表情を読まれたらしい。

「俺はライバルだっ!!」
めんどうだと思ったのか、ライはその捨て台詞とともに消えた。

「やっぱり友達少ないな」
コールはクククと笑った。
「お前も手伝え。」
「先生に手伝えとか言うな。」
「何も教えてもらってないだろ」
「ああ。それもそうだな。じゃあお友達か?」
「気色悪い。」
アルギズは一言で却下した。
「ま、そりゃ俺も賛成だ」


「お前とはさしずめ『似たもの同士』だろうな」

「やや妥当だ」
コールは苦笑して壊れた電気スタンドを拾った。
「嫌な感じに気が合うのはそういうわけか」
「謎は解けたな」
アルギズは寂しそうな表情のまま笑うと、
傷ついた左腕を見た。
「だから、俺とお前の今考えてることは同じだろうな」
「ああ。多分な。」


二人はそのまま黙って片づけを再開させた。
少しの憤りと、やるせなさと、寂しさを抱えて。











つづく。

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