<第三章 過去>「第三話 勝負の行方」


正午に決闘をする。
その発想自体にアルギズは異論はなかった。

多分言っていたコールももちろんなかっただろう。
だが、こうもなると、複雑というのが本心だ。

そんなことをぼんやり考えながら、
アルギズは目の前でぺらぺら本をめくっているだけの自分の家庭教師に目をやった。
なんというか、教える気はないらしい。
それにしてもこのまま正午まで沈黙を保ち、
そして一緒に決闘場所に向かうと言うのは・・・なんとも間抜けな話である。

コールは微妙につまらなさそうに本をめくり、
興味がなくなったのかひょいと後ろに投げ捨てた。
見てもいないのにゴミ箱に入れるのはさすがというかなんというか。
沈黙を破る気も保つ気も失せてきたアルギズは、
無気力になりながら以前見た文学書に目をやる。

「暇だ」

沈黙を破ったのは意外にもコールの方だった。
確かに何もしないで覚えた本を読んでいたら暇に決まっているだろう。
そしてこっちを見ていることに気づいたアルギズは、溜息をついた。

「じゃあ講義の一つもしてはどうですかね、先生」
「気色悪い敬語使うな。大体、お前本読んでりゃ十分なんだろ?」
「はぁ?」
「まあ、気づいてないなりゃいいけどな。俺は先天的じゃないし。」
「はぁ」
「それにしても暇だ」

だからなんだよと言いたくなったアルギズだが、
コールが自分に向けて話を催促していることがわかり、
でかかった言葉を飲み込んだ。
そして少し考えた後、

「お前、家庭教師消えること知っててなんで引き受けたんだ?」
「ああ。俺も長いことはいられないがな。死ぬつもりはない」
「・・・・・・・・・・気づいてたのか。」
「そりゃあんだけ大げさに言われればな。」

コールは肩をすくめた。

「大方お前に返り討ちにされて逃げたか、命令を無視してあいつの気に障ったかだろ」

興味はやはり湧かないのか、
何故かコールは置いてあった料理の本を見だした。
自分は明らかに後者のことをしているというのにまるで無視である。
アルギズは少し笑った。

「なんだ気色悪い。」
「なあ、あんた。」

アルギズはちょっと考えた。
それは、自分が生きていくうちでずっと考えていたことだった。

「あんた、たまに誰かに無理やり人生を操作されてると思ったこと、ない?」

はぁ?とコールが振り向いた。
「社会の理不尽なことは今に始まったことじゃねぇだろ」
思い切りバカにしている口調だ。
大人の余裕と言う奴だろうが、20歳も十分子どもだろうに、
「そっちじゃなくて・・・そういう変えられない物を簡単に変えるやつがいそうなんだよ。」
「ほぉ?」
「大きな流れが無理に捻じ曲がったりしているとか・・・そういう奴だ」
アルギズは眉根にシワを寄せて聞く気のないコールに
愚痴のようにつぶやいた。
「そんなもん。お前の妄想だろうが」
コールはアルギズの目をみずにずばっと言い切った。
アルギズ自身も同意してくれるとは思っていなかったので、
肩をすくめた。
「ま、それが普通か。」

「まぁ。一分ぐらいは暇じゃなかったがな。」
コールはそう言うと何故か本のカバーをはがしだした。
さすがにアルギズも顔をしかめる。
「何してんだよ」
「いいだろ。どうせ1回しか読んでないんだろう。」

アルギズは再び眉根にシワを寄せた。

「なんでわかった」
「そりゃな」

わからない家庭教師だと思って視線を手元に移したが、
興味はわかなかった。

「これ」

そうこうしているうちに何故かコールが本のカバーを投げてよこした。
アルギズはそれを受け止めようとして、何かに気づいて空中で叩き落とした。

「やっぱそういうのも反応するんだな」
「針・・・毒針か。仕込んであったのか?」

本のカバーには開けると手の辺りに細い針が出る仕掛けになっていた

「一回しか読まないから、仕掛けられても気づいてなかったんだろ」
「なるほど。」

アルギズは内心コールの洞察力に舌を巻いていたが、口には出さなかった。
「さっきから漁ってたのはそういうわけか」
「お前の妄言の方がよほど暇潰せたがな」
コールはカバーのカバーの取れた本を見ながら言う。

そしてパタンと本を閉じると、
「暇だ」
と再度つぶやいた。
アルギズは半眼でコールを見た。
「俺ばかりじゃなくてお前が話せよ。人間界のこと。」
「別に何もない。つまらん連中のつまらん世界だ。」
「俺にしてみればそういうことがうらやましいがな。」
「・・・若いのにじじくさいよな、お前。」
「・・・若いのに無駄に達観してるよな、お前」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

アルギズとコールはしばらくじと目で見ていたが、
同時に目を逸らして手元に目をやった。




アルギズが見ている本が読み終わった頃、
コールは再び口を開いた。
「そろそろ行くか」
確かに時刻は正午まで後10分だった。
しかし、一緒に行くのはやはり間抜けな気がした。

「待ち合わせしてたほうが痛いと思うぞ。」
コールは表情から読み取ったことに答えた。
「わかったよ」
アルギズは立ち上がる。
「でも、あんたがへし折ったから俺の剣なんてないぞ」
「貸す。」
ぱたぱたと手を振った家庭教師はさっさと歩き出した。
アルギズもあわてて後を追う。

「アルギズ様!」

廊下に出たとき、ぱたぱたと歩いてくる少女がいた。
「カノン?どうした」
アルギズは自分の世話係に向き直った。
コールも足を止めてこっちを見た。
早くしろと目だけで要求してくる。
カノンは手に一杯持った洋服や色々な品を落とさないようにしながら、
にっこり笑った。
「本日の昼食は少し遅れるとお聞きしましたが、メニューはいかがいたしましょうか?」
「あー・・・。てきとうでいい。」
「はい!では私が頑張って作ります!」
「・・・・・・・・・ちょっとまて、コックはどうした?」

カノンはアルギズの問いには答えずぱたぱた歩いていってしまった
多分、聞こえなかったのだろう。
「よかったな。」
「何がだ。何が。」
アルギズが無表情で言うコールに半眼で言い返した。
しかしコールは肩をすくめただけだった。





「ほらよ。」
コールが投げてよこしたのは細身の剣だった。
空き地についた二人は向かい合って立っている。
アルギズは剣を鞘から抜き、確かめる。
確かに良いもののようだった。よくはわからないが。
コールもアルギズと同じ剣を抜く。

どこに隠し持っていたのだろうとコールを見る。
しかし、答えは出そうになかった。

「で、昨日みたく降参させた方が勝ち・・・でいいか?」
「上等だ。」
アルギズは剣を構えた。
コールも構える。

「お先にどうぞ。」
そう言ったのはコールだった。
アルギズは一瞬迷ったが、大きく一歩踏み込んだ。

―ズダンッ

砂埃が舞い、一瞬でコールまでの距離を詰める。
小さい分、コールに小回りで劣ることはない。
昨日はコールが避けて剣を叩き折ったのだが、
今日の剣は折れない。同じ状況にはなりえない。
そうアルギズは踏んでいたが、甘かった。

コールは昨日と同じ動作で避け、同じ動作で剣を叩き折る。
ただの再現だ、勝ち目などないといっているように。

アルギズはそれでも怯まなかった。
半分に折れた剣をコールに突き出す。
一歩引いて避けるコール。

そして、アルギズにとってそこが、そこだけが反撃のチャンスでもあった。

「・・・・っ」
コールはそこで初めて、出逢ってから本当に初めて驚愕の表情をした。
剣は『折れていない長さ』だったのだ。

しかしすぐにその表情をひっこませると、体を捻って避けて見せた。
「へぇ」
アルギズがバランスを崩すのを止めてコールに向き直ると、
すぐ目の前にコールがいた。
「失念してたな」

―ガギィッ

アルギズの剣がはじき飛ばされた。
「それがお前の『能力』か、人間にはないもんな。」

―カラン

「さしずめ自分の『気』を固めて一時的に実体化するってかんじだったな」
アルギズは後ろに跳び下がる、
コールは余裕の表情でアルギズの落とした剣を拾ってしげしげ見る。
すでにそれは折れたただの剣だった。

アルギズは必死で辺りを見渡した。
不意打ちが失敗に終わった以上、今のままで勝てる見込みははっきり言ってなかった。
ただの意地だが、こいつに2度も負けたくない。
そういう想いがアルギズの中でうずまいていた。

コールはゆっくりと、二本の剣を構えて近づいてくる。
コールでさえ、実は少し期待していたのだ。
アルギズの反撃を。

アルギズは必死に頭をめぐらす。
体術で勝てる自身はない。
それは昨日実感している。

ではどうすればいい?
いつもこういうときどうしていた?

どくりと心臓が高鳴った気がした。
そう、いつもは・・・


暗闇で肉食獣に狙われると知ったとき、

殺されそうになった時、

死を覚悟した時、



ニタリとアルギズが笑った。
それを合図にコールは一気に間合いを詰めた。


―そうだ。
―そうだ、いつもこういう感覚になった時―


コールが剣を振り下ろす。
それを喉元に突きつければ勝負は決する。


―いつもこの感覚で生きてきた。

ぷつりと何かのリミッターが外れる音がした。
コールの振り下ろした剣を手で払った。
その動きだけでその剣は吹き飛ぶ。

コールが眉根をひそめた。
しびれたのか、右手を後ろにやって左手の折れた剣を突き出した。
それを避けずにアルギズは手刀のように構えた左手をコールの喉元に
つきつけた。




ぴたりと双方の動きが止まる。






「ほぉ。やるな。お前がここで能力使えば確実に俺が死ぬしな。」
「ご名答」
アルギズはいままでになく獰猛な笑みで答えた。
コールはにやりと笑う。
ただ楽しんで満足したかのような笑みだった。
「俺の負けだ」
二人はほぼ同時に肩の力を抜いて離れた。

「昨日の動きの正体はそれか。」
ぼそりとコールは納得したようにつぶやいた。
そして折れた剣の先をつなぎ合わせようとする。
「わからない・・・けど、まあ、便利だし。」
「・・・ふぅん」
「知的好奇心は満たされたか?」

コールは軽く笑った



「さあな」
















つづく

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送