<第三章 過去>「第二話 再会の決闘」


アルギズは、自分の家である王宮の食堂にてぼんやりしていた。
居心地が悪いのは気にしないことにした。
いつものことだからだ。
だが、体中が痛いのはいつものことではない。

完敗した。
そして最後に青年が言ったことばも胸中によどんでいた。

『理不尽理不尽って・・・これはただお前が弱いだけだろ』

「お・・・・・・・・・・・ズ!!」
くやしかった。
そんなこと・・・とっくにわかっていたことなのに。
「・・・・ルギ・・・!!」
歯が立たなかった。自分の力不足のせいで。
「おい!!アルギズ!!」
はっとして目の前を見ると、少年がいた。
黒髪を短く刈り込んだ自分と同い年の天霊少年。
ライだ。

生意気そうな目で見てきた。
「アルギズ!俺の話し聞かないなんていい度胸だな!」
「いつものことだろ」
「うおあ!!冷たいな!お前!!従兄弟だろ?・・・はっ!今はライバルだった!!」
はぁとアルギズは溜息をついた。

ライは第二位継承者であり、アルギズの父・アルファの弟シエルの息子だった。
王宮で自分を故意に差別しない数少ない知り合いの一人だった。
と言っても、意識せずに差別してしまうことがある。
・・・それはある種、天霊国の偏った教育のせいだが。

「ライバルねえ・・・お前があの子のこと好きなのはわかったけど。何でライバルなんだよ」
「黙れ!!俺は熱い炎で身をも焦がしそうなんだよ!
 なんだよ!自分だけあんなかわいい子世話係につけて!!」
「別に俺がつけたわけじゃ・・・」
「うおおおお黙れ!!決闘だ!!いざ勝負!!!あの子をかけて勝負ぅ!!!」
「いや、落ち着けよ。」

フォークを振り回すライを見て溜息をつき、アルギズは視線を横にずらした。
そこで・・・

「・・・あいつ・・・!」
ガタッとイスを蹴って立ち上がった。
さすがにそれにびっくりしたライが一瞬固まる。

「お、おう!やるってのか!!受けて立つぞ!!!」

それには答えず、アルギズは走り出した。
廊下まで出たが、『あいつ』の姿は影も形もない。
怪訝そうに脇を大臣が通り過ぎた。

――どうしてあいつが・・・・・・?

「どうしたんだよアルギズ。」
「・・・いや。お前。人間見たことあるか?」
「人間?さあ・・・」
「・・・・・・・・・。」


「アルギズ様」
その時、後ろから初老のライの乳母がアルギズに話しかけた。
ライがびくりと反応した。
この乳母にはライは逆らえないのだ。
「国王様がお呼びです。至急王室に行ってください。」
「あい・・・父上が?」
つい『あいつ』呼ばわりするところだったが、すんでのところで思いとどまった。
「はい。」
アルギズは怪訝な顔をしながらも頭を少し下げてから歩き出した。
後ろでライの乳母が『あれほどあの方と話してはいけないと申したでしょう?』
と言ってるのが聞こえたが気にしないことにした。




「アルギズ。入ります。」
アルギズは王室の前で立ち止まり。
一言言ってから返事も待たず扉を開けた。

一番上が霞むほどの高い天井。
石造りの城の中でも一番広い、そして一番たどり着きにくい部屋がここだった。
赤い、じゅうたんが自分の行くべき道にひいてある。
一番奥には、自分の父である中年の厳格な男性が椅子に座っている。
自分の家臣は父の周りにはいない。
本当に自分を信じられるのは自分のみと言う父ならではの考えがあったからだった。
そして、その前に立っているのは・・・この国の服に身を包んだ・・・

「なんであいつが・・・」

アルギズは顔をしかめるのをなんをか止めた。
父の前に立っていたのは昨日の青年だった。

「何の用でしょう?」
アルギズは王の20メートル手前で立ち止まり、聞いた。
声は広い部屋に吸い込まれたが、アルギズの父・アルファには届いたようだった。
アルファはアルギズを一瞥すると、
「新しい家庭教師だ」
と、告げた。
それきり黙りこむ。
「コールと申します。よろしく。」
傍目に見ても上っ面だけ笑っている青年は、アルギズに近づいてきた。
手に封筒のような物を持っている。
アルギズは青年・コールを見て、そして今度は王を見た。
「どういうつもりです?」
「不満か?」
「ええ。人間ですし。」
本人を前に堂々と言ってのけた。
それを見て王はせせら笑う。
「どうせ家庭教師をつけてもすぐ『いなくなる』だろう?
 それなら、わざわざ我が種族の人口を減らすまでもない。」
「・・・・・・・。」
アルギズはコールに目で退出を促し、自身もそれに続いた。
「失礼しました。父上。」





「どうやって父上に取り入ったんだよ?」
廊下に出てアルギズは初めてコールに対して口を開いた。
「案外楽だったぞ?」

コールは嫌味たっぷりに笑って見せた。
持っている封筒でパタパタと自分を扇ぐ。
もう愛想笑いは取り去っていた。
「ああいうのは自分を過信しすぎてやがるからな。」
ふうん、とアルギズは頷いた。
「やっぱり親子関係は最悪のようだな。
カタチだけでも怒った方がいいだろうが。」
アルギズは肩をすくめた。
「だから俺に媚は売らなくてもいいだろう?」
「まあな。普通は家庭教師自体死んでもやらないが・・・。
だいたい、勉強覚えたきゃ自分でやりゃいい。」
「じゃあ何でだよ」
「一身上の都合だ」
「・・・・・・・・・そんな変な名前にしてまでやりたいのか?」
「人に物を言う時は自分を見直してからにするんだな。」
「・・・・・・・・・その言葉、そのまま返すよ。」
そこでコールは立ち止まった。

「1つ教えてやろうか?」

にやりと笑い冷たく見下ろすコール。金髪の髪が風でわずかに揺れた。


「俺は、存在的に何の価値もないのに威張ってる奴や、
悲劇の主人公ぶる奴が一番嫌いなんだよ。反吐が出る。」


ぴたりとアルギズも立ち止まった。
「お前、母親植物状態なんだって?・・・それでか?『理不尽』とかほざいてたのは?」
「・・・・・・・・・・。」
「典型的な悲劇の主人公きどり・・・じゃないだろうな?」
「・・・俺もお前のことが嫌いだ。」
アルギズはそのまま何も言わずに歩き出した。
「お互い様、だな。」
コールは立ち止まったまま、その背中を見送っていた。










コールはアルギズの後ろ姿が見えなくなってから、
自分の持っていた封筒を破いて手紙を取り出した。

さきほど、王が自分宛に書いたものだった。
口で言えばいいものを・・・と思ったが、黙って見ていたのだ。
手紙はこの国の文字だった。
もちろん、コールにこの国の文字は読めない。
ざっと読んで『共通点』を探し出した。
音と意味が同じなら、簡単に読解できるはずだ。
さいわい、文は長い。

常人には到底無理なことをコールは1時間もせずにやってのけると、
手紙の内容を正しい意味で理解した。

当然その間棒立ちだったわけだが、
王室に近い廊下のせいもあり、ほとんど誰も通らなかった。

手紙の内容・・・それは・・・














「また!家庭教師か・・・!?お前ひどいぞ!家庭教師なんてすぐに捨てるくせに!!」
自分の部屋に戻る途中、アルギズはライに引き止められた。
乳母の言いつけをすぐにやぶるのもどうかと思うが・・・
「捨ててるわけじゃないだろ・・・」
「いーや!捨ててるね!!一ヶ月もしないうちちにいつもいなくなるだろ!
きっとお前がもてあそび!捨てたんだ!」
「お前何歳だよ」
「何言ってるんだよ?お前と同じ10歳だろ?それより今度はどんなねーちゃんだ?」
ませた10歳児である。
「どちらかというとお前の知識の出所が知りたいが・・・今度の奴は男だぞ?」
「何いいいぃぃぃぃ!!ついに男までに手を出したか・・・!!」
「妙な言い方するな。ついでに言うとそういう趣味は断じてない。」
「というか・・・あまりにも酷いから綺麗なねーちゃんが寄り付かなくなったんだろ?」
「あんまり軟派なこと言うと嫌われるぞ?カノンに・・・」
アルギズはライが想いをよせている自分の世話係を思い出した。
彼女がいなくならないのは『まだ彼女が子供だから』という理由だけなのも知っている。
「なななななんだとおおおおおお!!!???だめなのか!?」
「ああ。一途な人が好きだとかいってたからな。」
「うおおおおおお!!!俺は!!俺は!!!こんどから一筋に生きます!!」

こんな会話をしていると、さきほどの嫌な事が少し薄れた気がした。
アルギズはさっきからコールの言ったことがひっかかっていた。

『悲劇の主人公きどり』

自分はそうなのだろうか?
アルギズすこし考えた。
・・・ものすごく嫌な言い方をされた気がする。
だが、良くも悪くも『アルギズ自身』を見た評価だった。
まあ、違った類の偏見に満ち溢れてもいたが。

そんなことを考えていると、
「おい。そこのうるさい奴とませた奴。」
当の本人に声をかけられ、固まってしまった。
「んー?何だ何だ?見かけない顔だな。」
「・・・・・・・コール。」
「わかったからうるさいガキはちょっと引っ込んでろ。
少しこいつ用がある」

ライはコールに背を向けるとひそひそとアルギズに耳打ちした。
「うお!!なんだ!感じがかなり悪いぞ!!」
「こいつだよ。新しい家庭教師。」
「なるほど。凶悪には凶悪をなあ・・・って人間かよ!!」
「まあ・・・コール。こいつは第二位継承・・・」
「ああ。ライだったか?こいつの言うことなんて全部流されるだろ。」
「・・・・・・ええ!?俺の扱いってそんなん!!??」
「まあ、このマセガキも違った意味で意見が通らないみたいだけどな」
「よかったなアルギズ!!仲間だぞ!!!」
変なところで漫才になってる二人を見てアルギズは溜息をついた。
コールはちらりと二人の後方を見た。
「ところで、あそこでこっちを睨んでるオバサン。お前の乳母じゃないのか?」
「へ・・・?」
ライが固まり、そして全力で・・・逃げた。

「・・・・・・・・・・・。」
「ま、予想通りだな。」
コールが人を小ばかにしたような笑みを浮かべた。
「さっそく授業でもする気になったんですか?」
アルギズも嫌味を含めて敬語で言った。
「ああ。明日からだな。今日はこの世界の歴史丸暗記するから。」
なんというてきとうな家庭教師だろう。
しかし覚えられるのだろうか・・・1日で。

「じゃあ何しに?」
「これ、ある奴から受け取ったんだが・・・お前心当たりがあるか?」

コールの差し出す手紙らしきものを受け取り、アルギズざっと目を通した。




『新しい家庭教師へ

この国には悪魔がいる。いや、疫病神とでもいうべきか。
奴が生まれてから災厄ばかり続いている。
奴のせいでこの国の王妃は狂い、最後には植物状態となった。
呪われた子なのだ。
奴さえいなければ何もかも上手くいっていたのだ。
憎い。
だが、私は直接手を下すことなどできない。
そうすれば奴は私を陥れるだろう。
だから・・・この国のものではないキミに頼みたい。

この国の第一位継承者・アルギズ=A=F=ソウェルを秘密裏に抹殺して欲しい
今までに仕向けた刺客を、奴はことごとくかわしている。
昔、猛獣を100頭入れた広い倉庫に一ヶ月閉じ込めたこともあった。
だが奴は生き残った。全ての猛獣を殺し、食べて生き延びたのだ・・・!!
奴は悪魔だ!普通の子どもの天霊でありながらそんなことできるはずがない!!!
それからというもの、私は毒を盛り、罠をはった。殺し屋もおくった。
・・・だが奴は、事前に察知し、回避するのだ。
この国の災いを絶ってくれ。
このままではこの国は終わりだ。』




「また・・・親父か。」
アルギズはうんざりしたように溜息をついた。
動揺した素振りも何も見せない。
それが認めていなくても自分の『当然』であるように。
「お前がの母親が植物状態なのは知ってたが、お前のせいだったとはな」
コールはアルギズの反応を見てこの手紙を嘘だと取ったのか、
いつもの小ばかにしたような笑みを浮かべた。

いくらこの家庭教師が頭が異常にきれるといっても、
所詮情報量が少ないところでは想像するしか方法がなかったからだという判断だろう。
だから、

「ああ。俺がこの手で殺そうとした。」

その事実は少々予想外だったらしい。
「お前がか?」
「正当防衛。俺のおじがそういうことにしてくれた。・・・つまりそういうことだ。」
ライの父、シエルの弁護がなかったら今頃とっくに死刑にされていただろう。
「ほう。じゃあ疫病神ってのはあながち正解なのか。」
コールが目を細める。
「・・・正確には先天的な病にかかってるだけなんだけどな」
「・・・・・・なんだって?」
「別に。お前が知る必要ないだろ。」
「知的好奇心だ」
コールはにやりと笑った。目にぎらぎらとした光を宿している。
こういう自分に知らないことがあるコールの目はある種異常だった。

コールは『予想外』というものが好きなのだろう。
多分、頭のきれる分、予想できるものばかりだったはずだ。






アルギズは仕方なく説明をはじめた。
自分が一種の解明されていない病にかかっていること。
その病は100人に1人ほどのけっこうな確立で発病していること。
その病の者は研究のため監禁されるが、解明はいまだにされていないということ。
そして、自分は第一位後継者のため監禁は免除されたということ。








「なるほど。理不尽だな。」
コールはアルギズの言った言葉を噛み締めた。

「母親が狂ったのもその病気を知ったから、
それでお前を殺そうとしたのに返り討ちにしちまったと・・・?」

アルギズはそれだけの説明でそこまで正確に推測するコールに驚く。
「しかし、別に無理に能力が二つ存在するからと言って自由に使えるわけじゃない。
なのになんで母親とか猛獣返り討ちにしてしまう力があるのかわからんな。」
コールは小さく「まあ、確かに昨日の動きもありえなかったけどな」と呟いた。

「さあ。まあでも罠回避の説明ならできるけどな。俺がここまで生きてこれたのも。」
「ほう?」
「俺の所有物の中に俺に対して発する『殺意』を感じ取ると反応するものがある。
それのおかげで全部わかるんだよ。」
「そのピアスか?」
「・・・正解。あの猛獣事件の後、おじさんから貰ったんだよ。」
少し笑みながら答えるアルギズ。
「しかし。」
コールは少々笑った。
「これから自分を殺すかもしれない奴に教えてどうする。」

「お前はそんな理由じゃ俺を殺さないだろ?」
アルギズは迷いもなく言った。
「そうか?」
「直感・・・だが、殺すならもっと他の理由だな。人に命令されては動かないだろうな。」
「ほう?」
コールは目を細めた。的を射た意見だった。
もしかしたら『直感でその人の本質を見れる』奴なのかしれないとコールは考えた。


「だから、お前がもし本気で俺を殺そうとするのなら・・・真っ向から返り討ちにしてやるよ」

ふてぶてしく不敵に笑うアルギズ。


いつもなら『たかがガキの言うこと』で終わるコールだが、少し興味がわいた。
さっきの説明だと全てを説明できない部分があるからだ。
もしかしたら、アルギズは予想以上におもしろい存在なのかもしれない。
昨日だけでは解けなかった問題があるのかもしれない。

「そうだな。じゃあ明日の正午、予行演習をしてやろう。」
ニヤリ、と笑みがこぼれる。
「予行演習・・・??」
「昨日の雪辱戦だろ・・・?まあ、お前が怯えたのならやる必要はないが?」
「そう思うなら明日の正午、昨日の広場に来いよ。返り討ちにしてやる。」
二人はしばらく不敵に笑いつつ睨んでいたが、ほぼ同時に踵を返した。

細かいことは違えど、二人は同じことを考えていた。


『おもしろくなってきた』

と。








つづく。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送