<第三章 過去>「第一話 最悪の出会い」


―ぐしゃり

いらいらしたように潰した資料。
時刻は真夜中をとっくに越え、社内は静まり返っていた。
コールは金色の髪をぐしゃりと掴む。
そして何を思ったか、溜息をつきながら深く椅子に座った。

何も見つからない

それが今のところの成果だった。
諦めるつもりは到底ないが、やはり人間界とあいつの病気は無関係のようだ。
どちらかというと呪いのような・・・そんな感じなのだろう。

コールはあれから一週間でありとあらゆる人間界の病気の『確認』を完了していた。
通常の人間にはできないほどの速度だ。
詳細や事例も全部見たというのだから大したものだった。
もちろん、睡眠時間を削るなどの代償もあったが。

「やっぱ起源探したほうが早いな」

舌打ちし、資料を脇にどけた。
「先輩!ブラックなコーヒーです!!」
明るい声と共にひょっこりと顔を出したのは部下の一条だった。
一週間休まずいらなくなった資料を捨て続け、コーヒーを入れ続けたつわものだ。
「サンキュ」
コールは湯気の上がるコーヒーを受け取り、一口飲んだ。
そこでなんともいえない微妙な顔をする。
「どうしました?」
部下の一条はきょとんとして自分の分のコーヒーをすする。
そこで・・・むせた。
「苦っ!苦いです!!先輩のと間違えました!!」

なるほど、どうりで物凄く甘かったのかとコールは思った。
一条はすささっとコーヒーカップを入れ替えて、ぐいーっと飲み干した。
その顔をみながら、コールはコーヒーを飲んで一息ついた。
「お前は帰っていいんだぞ?」
今更ながら提案してみた。
それを見て青ざめる一条。
「何を言いますか!!先輩の一大事は部下の一大事でもあるんですよ!!」
力説する一条。
さっきから表情がコロコロかわっていた。
「まあ、別にいいがな・・・ああ。この資料全部捨てといてくれ」
「はい!!」
一条は満面の笑みで50cmの資料を二つ一気にわっせわっせと運んでいった。
そして扉を開ける直前、コールは聞いた。
「一条。1つ聞いていいか?」
「はい。何ですか?」
「お前って、たまに誰かに無理やり人生を操作されてると思ったことはあるか?」
「え?そうですねー。ないです。」
にっこりと笑顔で返された。
ふうんとコールは頷いた。
それきり黙り込み、何かを考え出す。
一条は頭上に?を浮かべながらも出て行った。
部屋が静寂に包まれる。

「ま、それが普通だろうな。」
コールはひとりで呟いた。


『あんた、たまに誰かに無理やり人生を操作されてると思ったこと、ない?』


それは五年前、問いかけられたことだった。
その時、自分は何と答えたか、そんなもの忘れもしなかった。
『そんなもん。お前の妄想だろうが』
そう。自分はそういって、そして・・・
『ま、それが普通か。』
肩をすくめて答えるあいつ。
今考えると、少々気持ちがわかる。

逆らえない本流
様々な意思
しかし、それらと無関係に横槍を入れる存在。

それらを漠然と感じ取れるようになった自分がいた。

そういえば、自分とあいつは最初これでもかというほど仲が悪かった。
すこし思い出し、笑ってしまう。
さて、始めるか
コールは思い、また新たな項目を調べることにした。






アルギズは、天霊国の宿屋にて資料を読みつつ、考え事をしていた。
エフが隣ですやすや寝息をたてている。
ここ数日間、天霊の国で情報を収集していたものの、大したものは出てこなかった。
期待していなかったとはいえ、少々落胆したのも事実だった。

かといって、自分と同じ症状の者が閉じ込められる研究所にもいけない。
そもそもその場所は隠されたもので、王宮で調べない限り無理だろう。
王宮に行くか・・・?
アルギズは少々考え、そして町外れに目をやる。
そこには五年前とかわらずに存在している広場があった。
数日前、アルギズがゲートを通じて来たのもあそこからだった。
そして、五年前コールが入り込んできたのも・・・

・・・・・・コ・・・ー・・・ル?
ふいに、自分が自分に問いかけている気がした。
―俺の親友・・・五年前に会った・・・

五・・・年前?何・・・が?

―五年前、剣術の修行をしていた時に・・・

どう・・・し・・・て・・・知り合っ・・・た?

―どうしてって・・・それはあいつが喧嘩・・・を・・・?

そこで気づいた。
とてつもない違和感が体を支配した。
どうして『自分』が『自分』にそんな質問をしてくる・・・?

―気持ち・・・悪りぃ・・・

何かが自分の中でうごめいている気分だった。
しかもそれは膨張し、感覚を支配していくような・・
ぐっと嘔吐感を耐え、口を押さえる。

―お前は、誰だ?

「後、  少 し・・・」
それは自分の口から漏れた声。
自分自身でも信じられず、アルギズは眼を見開いた。
体を折り、膝をつく。
意味がわからない。
自分の許容量を圧倒的に越える存在感が内側から膨らむ。
まるで自分を押しのけるように。

―誰だ誰だ誰だ誰だ

「あ  と  少     し で・・・」

混乱する。頭が、腕が痛い。
―後、 少 し  で・・・?

「お 前 に な  る」

ぐるんと世界が反転した。
自分が倒れたと認識する前に・・・すべてが暗くなる。

―どうしてだ?

その疑問に答えてくれるものは何もなかった。







少年がいる。

ここは人間とは次元の違う空間。
それは人間に気付かれぬように、かつての『創造主』が作り出した、
式神だけの世界。
そこに築かれた『天霊国』という比較的閉鎖的な国家である。
岩を掘ったかのような城壁に囲まれ、
中央に城、そしてそれを囲うかのように民家が立ち並んでいる。
その外側にあたる町外れに放置された広場。
正確にはゴミ置き場に、少年はいた。

年は10歳前後といったところだろうか。
小柄な方で、眼はしっかりと上を見ていた。
赤茶色の髪はてきとうに切ったかのように不ぞろいに跳ねていて、
服もボロボロで、手にもっている長い剣はすでに刃物の役割を果たしそうにない。
少年は尖った耳をしている。
これは天霊である証だ。

少年はてきとうな大きさのボールを拾い、上空に高く放り投げた。
民家1つは越えたであろうところで速度が落ち、再び落下してくる。
それを見、少年は自分の身長の半分以上ある細身の剣を構えた。
ボールが落ちる。
このまま落ちたら少年にあたるというのに、少年は避けなかった。
眼を細め、ただ待つ。
そしてひゅっという音がしたかと思うと、ボールは少年を避けるように地面に落下した。
正確には、少年によって真っ二つになったボールが落下したのだ。


上から落ちてくる物を切っても大した練習にならない気がしたが。
今日もこの少年は家・・・王宮にいたくなかった。

強くなれるだけ強くなりたい。

それがこの少年が胸に抱いていることだった。
誰にも負けず。誰にも干渉されないほどに。
だから毎日剣を振る。
強くなりたいから。

冷たい周りの環境。
自分が生きられないほどに、押しつぶされそうになるほどの孤独感。
何もしていないのに。
何故何もしていないのにこうも孤独になる?

小さい少年にはそれが理不尽で仕方がなかった。



いつかそれらをねじ伏せる。



少年は、この時はまだ無謀とも言える幻想を抱いていた。
人の意志を操作するなどできないと、気づいていなかった。

だから無理にでも強くなりたかった。
だが、目に見えない強さの成長にいらだっているのも事実だった。

思い切り高く、限界まで高くボールを放り投げる少年。
しかし、その時風が吹き、ボールは真下に落下してこなかった。
軌道がそれ、広場の敷地の外に落ちていく。

しまったと慌てて振り返る。
そこには金髪の青年がこっちを凝視しているところだった。

その姿を見てとても驚いた。
「人間?」
少年はぽつりと呟いた。
青年はそんな少年の言葉は聞こえなかったのか、
足元のボールを見た。
そこで納得したかのような顔をする。

そして、ゆっくり近づいてきた。
「そんななまくらで、切れるもんなんだな」

何を言うかと思ったら・・・
少年はじっと人間を観察した。
金髪碧眼。
メガネをかけていて、耳は尖っていない。
たぶん美形。
年は20歳くらいだろうか・・・
少年は考えた。
人間と天霊の寿命の差は大差ないはずだ。

青年は痺れを切らしたのか、また話し出した。

「お前の名前、アルギズだったりするのか?」

少年・・・アルギズは心底驚いた。
何故自分の名前を知っているのだろう、と。
確かにこの国の第一位継承者であり現国王の息子ではあるが、
人間に知られているとは思わなかった。

その反応に「図星か」とでも言わんばかりの嫌味な笑みをたたえた青年。
なんとなく癪で、なんとなくむすっとしてしまう。

「そうだけど?なんで人間がこんなところにいるんだよ」
「へぇ」
アルギズの答えに満足したのかそうでないのかわからない反応をする青年。
ただ、さっきより目を細めて見ている。
「お前こそ、王子様がこんなところで何の踊りだ?」
「踊り・・・?」
「そうじゃないのか?明らかに妙な行動をしていただろ?」

先ほどの剣さばきを言っていたようだ。
その意味を悟ったアルギズはぴくりと眉を動かした。
「まったく。何の意味があるんだろうな。お前、剣構えてるだけだし。」
「・・・・・・。」
「そんなんなら素振りの方が何倍もいいにきまってるだろうが。」
「・・・・・・お前。」
「それとも王宮育ちの坊ちゃんは頭が弱いのか?」
「・・・・・・・ケンカ・・・売ってるよな・・・!」
「ふん・・・俺はそうは思ってないが?事実を正確に述べてるだけだ。」
せせら笑った青年。
「・・・・・・・!!貴様・・・・!!」
「帰って俺を死刑にでもするか?生憎俺はこの世界の住民じゃないけどな。」

そこまできて金髪青年は自分の半身ほどある長い剣をすらりと抜いた。
しかもそれが今まであったことにアルギズは気づかなかった。

「来いよ。本物の剣術を見せてやるぞ?」

アルギズは挑発に乗せられていることに気づかず、
自分の剣も構えた。

青年はその構えに目を細めた。
「ふーん。我流だな。習ってないのか?王子なのに?」
「・・・うるさい!」
「ははは。怖い怖い。」
青年は口だけで笑い、すぐに引っ込めた。

「来い。」





結果から言ってアルギズは惨敗だった。

話にならなかった。
アルギズの攻撃はかすりもせず、
青年の一撃で剣はツララを折られたかのような音を立てて壊れた。
しかもその後青年は剣を一切使わず、アルギズをあっという間に地面にひれ伏せさせた。

「想像以上に生ぬるいな。」
地面に倒れても必死に膝をついて立ち上がろうとするアルギズを冷たく見下ろす青年。
その目は失望と軽蔑と、嘲笑と落胆、そういった類の者が浮かんでいた。

アルギズにとって、いつも向けられている・・・そういう類の視線。
いつもねじ伏せたいと思っていた、その視線。


理不尽だ。


立ち上がれないアルギズを、青年は首を振って溜息をついた。
「まあ。俺も大人気なかったな・・・こんなにできないとは思わなかった。」


理不尽だ。


アルギズは心底思った。
どうしていつも自分だけこうも全てに勝てないのか。
何もかも自分を排除しようとするのか。
強くなりたいのに。それすら叶わない。


理不尽だ。


「所詮はガキ・・・か。」


「理不尽だ・・・・・!!!」


アルギズは折れた剣の柄をきつく握り締めた。
そこから自分でも信じられないほどの力で地面を蹴っていた。
風を切る。
前に飛び出し、剣を突き出す。
もう体のどこがどう動いているのかわからなかったが、


それでもこいつを倒したかった。


しかし、現実はそんなに甘くない。
いくら最後の力をしぼったとしても、それはやはり子どもの力だった。

青年は不意打ちに驚いたようだが、すぐに体をひねって避けた。
ついでに蹴りを小さい体に叩き込んだ。

「理不尽理不尽って・・・これはただお前が弱いだけだろ」

「・・・・・・――――ッ・・・ガハッ」

とっくに限界だったアルギズは地面を転がり、気絶した。
それを見て青年は動かなくなったアルギズを見ていた。
そしてぽつりと呟いた。

「まあ、これくらいはできないとな。」

青年は踵を返してある方向に向かった。
後ろの少年のことなどもう頭にないかのように歩き出す。


これが少年・アルギズと青年・コールの出会い。
最悪の思い出だった。








つづく。

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