<第二章 日常の狭間に>「第五話 それぞれの行動」


『名前:コール(偽名)
姓:不明
名:不明
性別:男性
年齢:25歳
趣味:開発・研究
出生地:不明
誕生日:12月20日
国籍:日本
父親名:不明
母親名:不明  その他、不明瞭な点多々。』

妙な資料だとアルギズは眉間にしわを寄せた。
日本の国籍でさえマジックで塗りつぶしてあるという周到ぶりには困る。
それ以前に機能していないのではないだろうか・・・。

「というわけで調べてほしいんですわ」

そう言ったのはアルギズの前に座っている市川 静だった。
この間コールにアプローチして見事に玉砕した主婦である。
まだ懲りてなかったらしい。
前回の件に懲りてなのか、直接コールにアプローチしてこないようである。
その前に相手の調査と言ったところか・・・
「つまり、調べてもわからないので、オーナーの情報をわたせと?」
「そういうことですわ。」
静は満足したように扇でぱたぱたと自分を煽っていた。
今日は桜でなく薔薇の匂いなのだなと考えつつ、
アルギズは資料に目を通した。
権力にものを言わせて入手したのか、
普通の人には渡らないものばかりである。
それ以上に驚くのは、コールを調べてもほとんどわかることなどないという点たった。
履歴書や日本国籍でもわからないのだからある意味すごすぎる。
まさに謎の人物といったところか。

といってもアルギズ自身、コールのことで知っていることは少なかった。
年齢、性別、誕生日、かつて別次元に興味を持った天才。
父親は小学生の時、母親は高校生の時亡くしたこと。
そのくらいだった。
実はかつて冷たい奴だったことや、
再会したとき別人のように豹変してあのような変人になったことなども原因はわからない。
興味はある・・・。

だが、3日前の一件を考えると、どうも話しかけにくかった。
あれ以来コールは連絡をよこさず、家にもこなかった。
アルギズもあれ以来情報収集をしたりで自分の症状を調べたが、
特に何も進展していなかった。
そんな状況で会いに行くというのも気が引けた。

「引き受けてくださる?」
アルギズは目の前にいる中年の女性にをちらりと目をやった。
「お断りします」
資料を閉じてアルギズは言った。
「な、何故です!?」
動揺して目をきょろきょろさせながら言う静。
「オーナーを売ることはできませんので。」
にこりと営業スマイルをすると、とっとと静を追い出した。
もうこの市川 静は別に怖くはなかった。
すでに家庭内での発言権がないも同然だということがわかっていたからだ。
静は「待ってください!」や「お金ならたくさん・・・」などとわめいていたが、
アルギズは全て無視して扉をぴしゃりと閉めた。

「アルギズ?アルギズ?なんでだめ?」
ソファの影に隠れていたエフがとてとてとやってきた。
「コールの情報なんて手に入るわけないだろ」
肩をすくめてアルギズは時計を見た。
もうすぐ昼だ。
「コールすごい?」
「ああ。すごい情報操作がされてる。多分親の代からの操作みたいだけどな」
「むー」
エフは首をかしげながらソファにあるクッションを抱いていた。
しばらくすると考えすぎたのか、傾きすぎてこてんとソファに倒れたが。

コールのことならアルギズも調べたことがあった。
だが、ろくな情報は得られなかった。
自分の腕を過信しているわけではないが、
コールの情報は並大抵の人ではわからないという確信があった。

思えば、アルギズが最初にコールと出会った日のこともよくわからないのだ。
それは5年も前の話だ。
コールがアルギズのいる天霊国のはずれに、
人間界からの独自ゲートでやってきたのだ。
当時、人間で異次元の存在に気づけるのはおかしい。
独自ルートで来るなどもってのほかである。

現在だからこそ一部の人間が式神と接触していることはあるが、
それは5年前にコールが渡ってきたからこそである。
誰か協力者がいたならともかく・・・
当時はその説も考えられたが、結局わからずじまいだったらしい。
確かにコールのIQはケタ外れに高く、天才ではあるが・・・。

アルギズは首をふってこの思考を追い出した。
確かに気になる事項ではあるが、今は自分のことを考えた方が賢明だろう。

―ん?そういや・・・

アルギズは追い出そうとした思考を停止し、少々引き戻した。

―コールは式神の中でも天霊国関係にしか密接してなくないか?
―他に式神の種類なら五万といるのに・・・

「アルギズ!アルギズ!エフ知ってるの!」
ひょこひょことアルギズの周りを飛び跳ねるエフ。
いつの間にか考えるのをやめたらしい。
「あのね!『ひゃくぶんはいっけんにしかず』なの!」
そういえば一緒にテレビで見てた時言ってたなと考え、
エフを見、もう一度考え、
「そうだな。行ってみるか」
と呟いた。
百聞は一見にしかず。

コールのこと、自分の症状のこと。
それらすべての発端にあたる自分の故郷。

『天霊国』

行ってみるしかないだろう。
だが問題は・・・
「エフ、お前・・・どうする?」
「アルギズと一緒!約束!」
エフは置いてかれるのが嫌なのか、ぎゅうとアルギズの腕を掴んだ。
やはり、置いてはいけないだろう。
「わかった。だが覚悟しろよ。」
アルギズは少し微笑んでエフの頭に手を置いた。
そして少し長い呪文を呟く。

それは異界の扉を開く呪文。
元々設定されているルートに補正を加え、ここからいけるように設定する。
さまざまな記号が展開され、それに呪文で答える。

すると床に円を中心とした異界の文字が現れ、輝きだした。
次の瞬間、ふっと重力が消える。
アルギズとエフは暗闇に向って急速に落下した。




「コール先輩!差し入れです!」
そう言って差し出された物を埋もれるほどの膨大な資料をどけて見る。
目に入ってきたのは湯気をあげるコーヒーと、満面の笑みのコールの部下だった。
子どもっぽい顔つきに頭の上で結んだ髪、それを支えるような数本のピン。
一条 強(イチジョウ ツヨシ)だ
「サンキュー」
コールはコーヒーを受け取り、一気に飲み干してから抑揚のない声で言った。
すぐに資料に視線を戻し、目を通しだす。
「さっきから何見てるんですか?」
きょとんと空のコーヒーカップを受け取りながら一条がたずねる。
コールは今はそんなことはどうでもよかった。
「ほっとけ一条。休暇取ってたからしらんだろうが3日前からこんな調子だ」
そういったのはぴっちりしたスーツに7・3に分けた髪の青年。
コールの元同級生にして部下の松田 敬(マツダ タカシ)だ。
松田は何か諦めたかのようで、一条は興味をますますそそられたようだ。
「コール先輩!よければ手伝いますよ!」
きらきらした純粋な目つきで言われたにもかかわらず、コールは脇にある資料を指差しただけだった。
「これですね!どうすればいいですか!?」
「もういらん。」
「わかりました!!」
びしっ!と敬礼してから一条はざっと50cmはある資料のたばを軽々と運び出した。

一条がわっせわっせと資料を運んでいるのを見届けると、
松田は溜息をついた。
「まるで二年前に戻ったみたいな真面目さだな。」
「俺はいつでも本気だ。」
コールはこともなげに答えた。
ふうんと疑わしげに言い、松田は近くにあった資料を手に取った。
「ドイツ語か・・・医学関係だな・・・。また片っ端から調べてるもんだな。」
答えないコールを見て、松田は少し溜息をついた。
「医学は関係ないだろうが・・・それに、こんなことお前の頭に全部入ってるだろう?」
その問いにはコールは少々自嘲した。
「入ってるさ。間違いがないか確認してるんだよ。」
「相変わらず嫌味な奴だ。どうせ3日前の電話のせいだろ?」
「あいつなら『人間以外』を調べると思ってな。俺は人間を担当する。」
「なるほど。だが、なんで前から調べなかったんだ?知ってたんだろ?」
松田は資料をぺらぺらとめくりながら言った。
この部署で電話の内容を聞いていたのは松田だけだ。
「そうでもない。知らなかった。」
相変わらずめまぐるしくページをめくりながらコールは答えた。
ふんと松田は鼻をならしてニヤッと笑う。

「どうせガラにもなく『そうだと認めたくなかった』・・・だろ?」

ぴたり、とページをめくる手を止めるコール。
そして、いたずらっぽく笑った。

「正解だ。俺の負けだよ。」






―どうすれば生きられる?
―どうすれば死なない?
―どうすればあいつとまた・・・・

『簡単よ』

―どうすればいい?
―どうすれば?

『私の言うことを1つ、聞いてくれればいいの』

―なんだ?
―何をすればいい?
―何をしたら・・・


「どうすれば、俺は生きられる・・・?」
アルギズは呟いた。

そこで気づく。
これは夢だ。
いつもの夢。
その時、急速に自分が分離した。
今まで視点だった人物がこっちをむいた。
青年だ。
血にまみれてもう虫の息だが、目だけこっちを向いている。
そして緑の髪の女も、こっちを向く。
とてもおかしそうに笑い、アルギズに向って指を指した


『 あ の 子 を 殺 せ ば い い の 』



左肩から胸にかけて焼けるような痛みが襲った。
―殺す?誰を?
脳が混乱する
―俺を殺せば、あいつが助かる?
わけがわからなかった
―どういうことだ?どうして・・・


「アルギズ?大丈夫?」


はじけるような音がし、急速に視界が戻っていった。
同時に痛みも引いていく。
気づけば、アルギズは方膝をついてうつむいていた。
「ああ。大丈夫だ。また立ちくらみだ。」
立ち上がり、慎重にアルギズは記憶を辿る。
自分はゲートを通り、天霊国内に到着したようだ。
今いるところは少し古い石造りの町だ。
記憶にある故郷と互いない。
「エフ。これをつけてろ。」
「うん!」
アルギズは自分につけていたブレスレットを外し、
ダイヤルを回して設定を変え、エフにつけた。
すると、アルギズは耳がとがり、エフも似たようにとがる。
「すごい!エフも仲間!」
「ああ。これで大丈夫だ。」
エフは嬉しそうにとてとてと走り出した。
転ぶなよと言い、自分も歩き出そうとした時アルギズは思わず足を止めた。
背後に気配を感じたのだ。

振り返ると、不思議な雰囲気をまとった少年が立っていた。
見た目はアルギズと同い年ぐらいだろう。
野生の獣のようなどこか近寄りがたい雰囲気を放っていた。
少年は上から下まで白かった。
純白の髪、そして耳は白いきつねのような耳・・・
どうみても天霊ではない。
そして、アルギズの記憶にこのようなタイプの式神はいなかった。
少年はアルギズを観察するようにじろじろ見ていた。
もこもこした白い服を着ながら、腕組みしている。
とがった牙をみせながら嘲る様に笑う。
「何か用か?」
しかし少年は答えなかった。
少し意外そうに目を見開いたが。
「何者だ?天霊ではないな?」
少年はやはり笑うだけだった。
「何者だと聞いているんだが?」

「白(シロ)」

少年は答えた。
それが種族なのか、名前なのかはわからない。
相変わらずの笑った顔のままだ。
ただ、それは高いとも低いともつかない不思議な声だった。
「へえ、見えるんだ?やっぱだいぶ侵食されてんだね」
「・・・何のことだ?」
「あ。そうそう。言っとくことあったんだった。」
少年、白はそこでぽんとわざとらしく手を打った。
そして今まで以上に獰猛な笑みを浮かべる。

「影を汚さないでくれよ」

「・・・どういう意味だ?」
しかし、聞いても不気味な笑みを浮かべるだけで、白は答えない。

「アルギズ?どうしたの?」
振り返ると、エフが曲がり角からちょこんと顔を覗かせたところだった。
いつまでたってもこないので心配したんだろう。
アルギズは少々振り返ったことを後悔しつつ前に目をむけたが、
すでに白はあとかたもなく消え去っていた。

―・・・影・・・なんのことだ?

「アルギズ?」
「なんでもない。行くか」
「うん!一緒!一緒!」
「ああ。」
アルギズは疑問を振り払い、歩き出した。
そして石造りの街の一番奥に目をやる。
大きくそびえる灰色の城がそこにたたずんでいる。
今も昔も変わらない。

帰ってきてしまった。自分の故郷に。
さまざまな疑問を胸に抱きながらも、
アルギズは足を止めずに街に入っていった。




つづく

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送