<第二章 日常の狭間に>「第四話 残された時間」


桜の香りがする。
彼女は文句を言いながらもそれを付けてくれた。
それはとても嬉しかった。

―ああ。約束だ。
―破らないでよ?

照れている彼女も輝いていた。
誰よりも大切で

何よりも愛していた彼女との時間。
それは永遠に続いていくものだと思われた。

だけど、終わりはあっさりと、いとも簡単に来る。
それを望んでいようといまいと・・・

戦場にて投げ出された自分の体。
それは血の海に沈んでいる。
油断してはいなかった。
だが、圧倒的数には・・・かなわなかった。

「生きたーい?」
もう虫の息である自分に、緑色の髪を三つ編みにした少女が尋ねる。
戦場とは場違いなまるでゲームを楽しむかのような少女。

―当たり前だ。あいつとの約束を破りたくない。

「じゃあ、生かしてあげる」

―どうやって?

「ふふ・・・」
少女は口に手を当てて、微笑んだ。
そして―





「・・・っ・・・は・・・・」
アルギズはがばりと勢いよく起き上がった。
その勢いで夢の内容は霧散した。
ただ、妙な夢だったことは自分のじっとりしめる肌から
容易に想像できた。

時刻は夜中の3時。
今は静まり返っていて、耳に痛い沈黙が支配している。
もうすでにカノンが家にやってきてから数週間が過ぎようとしていた。
今日は一階のソファで久しぶりにゆっくり寝ていたのだ。
だが夢の内容うんぬんよりも、
左肩から左腕、そして胸部にかけての激痛によって起きてしまった。
耐え難い痛みにしばらくうめき声を噛み殺す。
服を掴み、必死にやり過ごした。

しばらくすると痛みは引いて行ったが、しばらく身を硬くしていた。

最近、激痛がおこることが多かった。
1ヶ月に1、2回程度だった激痛は、ここ数ヶ月で週2、3回へと増えていた。
しかも、痛む箇所がじわじわと広がっているのがわかる。
アルギズは、頭の中にある資料を思い出してみた。

『軽度からは正体不明異様な力の放出が起こる。』
『酷くなると周期的に激痛が起こり、徐々に衰弱していく』

故郷にあったアルギズとおなじ症状に対する資料だった。
そこには『末期病』と記され、

『個体差はあるが、痛みが起こり始めて1年〜4年以内に死亡する』

とあった。
既に痛みが起こり始めて3年近く経つが、自分の体調不良は自覚している。
アルギズの故郷では『病』ということにしてあった。

同じ症状のものは一定の施設に入れられ、そこでモルモットのように飼われる。
死体は遺族に届けられず、解剖される。
そういった対処が行われていた。

アルギズが『発症』したのは3歳らしい。
自分でも意図していない妙な力の放出をし、例の『症状』だと認められた。
だがアルギズは王家の人間であるため施設には入れられなかったが、
自由な生活というものでもなかった。
その『病』に対する世間も冷たく、差別というものが確実に存在していた。

家を出て、他の国で資料をあさってみると、
自分の症状は『天霊特有の呪い』とされていた。

しかし、何故かアルギズは、自分の症状は『病』とも『呪い』とも
違う気がするという漠然とした確信があった。
根拠も何もない。

ただ、わかることは。
自分はもう、1年も生きることができないということだけだった。

再びアルギズはソファに体を沈めた。
自分の記憶ではない記憶・・・
あまりはっきりとはわからないが、不可解な点は多かった。
もしかしたら前世の記憶なのかもしれない。

『愛する人を残して逝った戦士』

そんな感じのものだ。
なんとも・・・
「皮肉なものだな」
気づいたら呟いていた。
現に自分も愛する人を残してさっさと死を受け入れようとしている。
ふるふると首をふるアルギズ。

前世の記憶だとしても、今まで思い出さなかったのはおかしい・・・
何故だろう。

そう重いながらまぶたを閉じた。


しばらく後に携帯に着信したのか、音がが鳴り響いたが、
ぐったりしたアルギズの耳に届くことはなかった。



次に目を覚ましたのは、朝八時だった。
寝過ごしたと思って体を起こすと、いつの間にかエフが近くですやすや寝ていた。
多分朝ごはんを食べに来て、待ちくたびれて寝てしまったのだろう。

ふと、机の上を見ると携帯にメールが来ていた。
着信もしていたようだ。

『件名:(無題)
送信者:コール
本文:暇なら電話しろ。』

―どうしたんだ?コール。

携帯のセキュリティを突破されたことよりも、まず本文の少なさに驚いた。
こんなことはなかった。
いつもなら無駄に長い文で・・・それで・・・

アルギズはうつむいて考えた。
思い当たらない節がないわけじゃなかった。

『お前、最近俺に何か隠してないか?』

そういったコールは、真剣そのものだった。
あいつはふざけているが、天才だ。
洞察力も長けているし、頭の回転も速い。
だから・・・

―気づかない方がおかしい・・・
―俺の隠していること。
―俺が・・・

モ ウ ス グ 、 死 ヌ コ ト


アルギズは携帯からコールの勤めている会社の部署に電話をかけた。
なんとなく、直接電話はできなかった。

『はい。こちら鹿馬カンパニー株式会社研究部です。』
ワンコール音の後、律儀で丁寧な声が聞こえた。
アルギズはこの人物に思い当たる人がいた。
確か、コールの部下だ。

「御久しぶりです松田さん。アルギズです。コールはみえますか?」
『ああ。久しぶりだな。』
とたんに少々砕けた感じの話し方となった。
電話の向こうで苦笑している青年の姿が容易に想像できた。
『この部署に連絡してくるから何事かと思ったぞ・・・。
あ。コールはまだ出勤していな・・・あ。今来た。変わるぞ。』

すこし布がこすれるような音、ガタリと言う椅子をひく音がした。

『もしもし?』
向こうから少々寝ぼけたような低い声が聞こえた。
まぎれもない。コールだ。
「用件はなんだ?」
『ああ。メール読んだのか・・・その件だがな・・・』
コールは少々ためらうようにことばをつまらせ、

『オオサンショウウオは逆立ちすると思うか?』

と聞いてきた。
アルギズは思わず硬直し、携帯を取り落としそうになった。
「・・・・・・は?」
『だから、オオサンショウウオだ』
「・・・・・・無理だろ」
拍子抜けしたとはこのことだろうか・・・。
なんともまあ・・・。
がっくりと肩を落として溜息をついた。
『実は最近発明できそうなんだが・・・何故か片手でしか逆立ちせんのだ』
その方がすごい。
「そのために・・・あんなメールを?」
『いや、用件は別だ』
コールは軽い口調で、相手の年齢を言い当てるような口調で、

『アルギズ。お前、実は長生きできないんだろ?』

あっさり、真実を言い当てた。
まるでわかるのが当然のように。
そうだ。この天才は気づかないはずがない。
嘘など、つく気にもなれなかった。

「・・・いつ気づいた」
『お前と再会したときだ。』

アルギズはふうと溜息をついた。
もうすぐ再会して1年になるが、そんなこと一言も言ってなかった。
もしかしたら、と思う
コールはアルギズの口から聞きたかったのではないだろうかと。

「どうしてわかった。」
『昔、俺がお前のことで少々奇妙な『病』だと教えてくれた奴がいてな。
気になって一時期調べてたんだよ。』
「何かわかったのか?」
『別に。大方お前が調べたことと同じだろうよ。』
「そうか」

それ以上、アルギズはことばをつむげなかった。
電話越しでもわかったからだ。
声はいつもより冷え切っていて、淡々としている。
・・・コールは怒っている。
何故か?
そんなことわかりきっている。
それは――

『アルギズ。お前、生きる気あるか?』

ある。

そう即答することは今のアルギズにはできなかった。
すでに受け入れてもいる。
最期まで粘る気はある。
だが、どこかあきらめに近い感情もある。
そうした矛盾の気持ちがぐるぐると渦巻いていた。
コールに言い出せなかった理由はそこにもあった。
もう自分が生きたいのかもわからない。

『答えないなら俺が言ってやるよ。』
コールは一呼吸置いて、何も答えることができないアルギズにむかって
突き刺すように言い放った。

『お前は死を許容しようとしている。』

―俺はもう、あきらめてるの、か・・・?

氷を丸ごと飲み込んだような気分になり。
電話をみしりと握ってしまった。

『お前は自分が小さい存在だと知ってるんだ。』

―コールは、いつだってそうだ。

『だから、自分と同じような小さい存在に自分が左右されるのが我慢ならない。』

苛立たしいほどに、

『だが、同時に大きな流れに飲まれることは簡単に諦めることができる。』

自分の心情を言い当てる。


「黙れ」


いつしかアルギズのなかの感情は濁り、渦巻いていた。
ドロドロとした感情は全身に溢れ、そして噴出す。
「お前に言われたくない」
それはことばとなって。

『言われたくないだろうな』
コールはそれを簡単に受け流した。
今のアルギズにはそれすら苛立たしく感じた。

『お前と俺は結局似たもの同士だしな。』

そこで、初めてコールは自信の感情を口にした。

『だが、俺は諦めない。』

それだけ言って、一方的に電話が切られた。
空しい音が耳に響き、しばらくアルギズは立ち尽くした。

―俺は・・・

携帯電話を放り出す。
一気に脱力し、ソファにぼふっという音をたてて沈んだ。

「八つ当たりじゃないか・・・」

呟いたことばは、自身に向けられた自己嫌悪のことば。
結局、逃げていたのかもしれない。
そして、とっとと諦めていたのかもしれない。

諦めていたのだろう。それはわかる。
だが、自分がコールに言われてわからなくなっていた。
諦めたいのだろうか。諦めたくないのだろうか。
わからない。
だが・・・

―やっぱり・・・生きたい・・・

アルギズは天井をうつろな目で見上げた。

ぼんやりとだが思ってしまったこと。
それは消えることがなく、自信に浸透していった。
最期の最期まで願ってしまう。

―死にたく・・・ない。

どうすればいいのかわからない。
しかし諦める気はなくなっていた。
ニタリ、と口端をつりあげる。

―そうだ。いつもそうしてきたんだよな。

ムクリと勢いをつけてソファから起き上がると、エフに布団をかけた。
「コールに負けるのも癪だしな」
アルギズはそうつぶやくと朝食を作ろうと歩き出した。

そしてさっき放り投げた携帯電話を見つけ、短いメールを打った。


『件名:(無題)
送信者:アルギズ
内容:お前より先に諦めるつもりはない。』




つづく。

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