<第二章 日常の狭間に>「第三話 約束の瞬間」


最近、自分の生活に乱れが生じていることには薄々気づいていた。
前からあった左肩から腕に向けての痛みは前より回数が増えている。
それに、あの『桜の匂い』の過剰反応もおかしい。

あれはどう考えても自分の記憶ではない。
だが、自分は知っている。


アルギズは思案にふけりながらも手を動かすのは忘れなかった。
ほとんどの依頼はハッキングでどうにかできるたぐいのものだった。
アルギズのスキルは、コールが
『お前実は剣よりそっちの方が向いてるんじゃないのか?』
というくらいのものである。
そのアルギズの作ったセキュリティをことごとく突破するコールもコールだが。

その時、携帯のメールが着信した。
アルギズは一気に情報を引き出して後始末をすると、
ようやくメールを見た。

『件名:久しぶり!
 送信者:カノン
 本文:アルギズ、久しぶり。ええっと・・・メール打つの苦手なんだけど。
     久しぶりに送ってみました^^
     でもやっぱり手紙の方がありがたいかなぁ・・・
     あ。そうそう用っていうのがね、実はアルギズの家のすぐ近くまで来てるんだ!
     すごいでしょ?見直した?
     ゲート通ってきたんだよ!
     暇だったら近くの公園まで来てね(^0^)/』

驚いて少々固まった。
彼女が・・・人間界にきている・・・?
かなりめずらしいことだった。

カノンはアルギズと同じ種族の『天霊』の少女である。
天霊は人間と住む場所が違う。
人間は人間界、天霊などの式神は式神界といった感じである。
ちなみに、式神が人間のことを知っているのは当たり前だが、
逆に式神界などのことを知っているのはごく一部の人間のみである。
もちろんそこにコールも含まれるわけだが、それはまた別の話だ。

人間界と式神界をつなぐゲートを使うのことはかなりシビアである。
というのは、別に呪文がどうとかそういう問題ではない。

ゲートが嫌がられる一番の理由は、とにかく『酔う』ことだ。

ジェットコースター顔負けの重力変化なのだ。
これで酔わないのはよほど強い人間のみだ。
お分かりだと思うが、カノンはものすごく『弱い』部類だ。
それでも来たと言うのは・・・驚嘆に値する。

アルギズはしばらく呆けていたが、
我に返ると急いで着替え、家を飛び出した。

しかし、家を出た瞬間にエフのことを思い出した。
さすがに何も言わないのはまずい。
そう思って引き返そうとしたところで、

エフが背中にいることに気づいた。
いつの間に飛び乗られたのだろう・・・

「エフもお出かけ!」

ひょいと背中から飛び降りられ、
服の袖をくいくいと引っ張られた。
しかも花が咲きそうな満面の笑み。
アルギズは、別に問題はないと考え、気を取り直して
家とは反対側の団地はずれの公園へと向った。

「アルギズ、嬉しそう!」

エフににこにことアルギズを覗き込む。
「それは・・・ずっと会えなかったしな・・・。」
いつもはためらわないアルギズがめずらしく言いにくそうにしていた。
視線もあらぬ方向に向いている。
「アルギズの好きな人?」
エフはむーと口を膨らませていう。
なんとなく親を取られるようなそんな気持ちなのかもしれない。
ぎくりとアルギズは固まった。
「エフも大好きだもん!」
それを聞いてアルギズはいっきにほぐれたように笑う。
「ああ。そうだな。」
頭を撫でられると、くすぐったそうに、だが嬉しそうに笑う。
なんとなく子犬を連想できる仕草だった。



しばらく歩いていくと、小さな公園が見えた。
ブランコ、砂場と滑り台、鉄棒に滑り台がせまいスペースに収められていた。
今は誰も子どもは遊んでいない。
変わりに黒いフードを目深にかぶった小柄な不審人物がブランコに揺られていた。
「カノン・・・」
アルギズが声をかけるとカノンと呼ばれた少女がはっと顔を上げた。
そして、その顔がみるみる喜びに染まり、

「アルギズ!」

アルギズの胸に飛び込んできた。
驚いて受け止めると、フードが外れたにこにこしたカノンの表情が見えた。
カノンは『綺麗』というより『かわいい』少女だった。
黒髪は肩より少し上で切られ、こざっぱりしている印象を受ける。
それでいて女の子らしい丸みをおびたかわいらしい目は小動物を連想させた。
そして全体の雰囲気はおっとりしているというか、天然のような感じだった。
耳は何も対策をしていないせいでとがっていた。
「カノン、とりあえずコレを」
アルギズは有無を言わさずカノンに
自分の右手につけていたものと同じブレスレットをつけた。
すると、するすると耳は人間のように丸くなっていく。
ぺたぺたと耳をさわっていたカノンは「おお〜!」と目を丸くする。
そこでカノンはアルギズの後ろに隠れているエフを見つけたのか、
更に目を丸くする。
「もしかして、アルギズの子ども?」
「・・・・・・・・・・・・・・どうしてみんなそう言うんだよ」
アルギズが頭をおさえて溜息をつくと、カノンはくすくすと笑う
「冗談だよ。アルギズは一途さんだもんね。」
からかうように人差し指で鼻をつつかれ、さらに半眼になるアルギズ。
「エフはエフだよ?」
アルギズにむかってクエッションマークを浮かべるエフ。
どうやら『アルギズの子ども』という名前と思われたと勘違いしたらしい。
「こいつはエフ。コールが拾ってきた迷子だ。前手紙に書いたろ」
「うん。エフ君だね?よろしく、ね?」
視線の位置をあわせ、にっこりするカノン。
「エフなの!」
「うん。よろしく。私はカノン。アルギズの恋人だよ」
カノンがアルギズを見ると、顔を逸らしていた。
面と言われると照れるらしい。

「コイビト?」
「それはエフ君も好きな人ができた時にわかるよ」
穏やかにいうカノンに、エフは顔を明るくする。
「エフ、アルギズ大好き!」
ぎゅうと抱きしめられ、アルギズはぽむとエフの頭をなでた
「じゃあエフと私はお仲間さんだね」
「なかま?」
「うん。同じ人が好きだからお仲間さん。私もアルギズ大好きだもんね。」
ほがらかに、そしておっとりした口調で言われると、
さすがにアルギズはあわてて話題を変更した。
やっぱり顔にはあまり出ていないが、恥ずかしいらしい。
「で、今日はなんだって無茶苦茶な危険区域を挑戦してきたんだ?」
「アルギズに会いたくなったから、じゃ。だめ?」
「いや、悪くはない。だが・・・」
「うん。どうしても会いたくなったの・・・」
「・・・。」


「ねえアルギズ。アルギズはいなくなったり・・・しないよね?」


ざわり、

アルギズは自分の中でなにか冷たい風が通り過ぎた気がした。
どうして、
どうしてこう自分の周りには勘のいい奴が多いのだろう・・・。
「どうして、そう思った?」
自分の声が凍てついていることに、アルギズは気づいていた。
だが、どうすることもできない。
「えと・・・ごめん。心配に、なっちゃって。」
「・・・・・・・・・・・いや。大丈夫だ。」
「あの・・・ちょっと手、貸してもらえるかな?」
「?・・・ああ。」

アルギズが右手を差し出すと、カノンは本当に指の端っこを握った。
恐る恐る、壊れないことを願うかのように、ゆっくりと。
やがて、しっかり握る。
そこから伝わるのは確かなぬくもり。

「大丈夫。暖かいよ。」
「そうだな」
「消えたり、しないでね。」
「・・・・・・・ああ。」

しばらくそうしていたが、カノンは下を向いてぽつりと呟いた。
「夢をね、・・・見たの」
「・・・・・そうか」
「怖かった。」
ぽたり、と自分の手に落ちた雫は彼女の愚かなまでの優しさだった。
それを受け止めても、アルギズは何もいえなかった。
「・・・・・・・・・。」

―自分は近いうちに死ぬ

そんなこといえるわけがない。
この優しい少女の前で――

―自分が傷つくのはかまわない・・・
そんなこと慣れている。
だが、他人が傷つくのは・・・

「消えない、よね?」

「・・・・・・。」

「アルギズ!アルギズ!てーあん!」
エフがぴょこぴょこと跳ね回る。
「約束!エフもアルギズと約束したの!だから約束なの!」
「約束・・・?」
カノンのきょとんとした表情。

―そうだ・・・たとえ残酷な結果になろうとも

「じゃあ、カノン。約束だ。」

―最期の一日まで、日常のまま。最高の日常のままでいたい。

「半年後の今日・・・10月24日―俺の誕生日だ。俺の家でパーティーしよう。」
「うん」
カノンは目に残っていた涙をぬぐい、最高の笑顔でアルギズ小指と自分の小指を重ねた。




―それが俺の最期の願いだ。








つづく

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