<第一章 発端>「第四話 亡霊」


「・・・幽霊ですか。」

アルギズは少々気の抜けたような、あきれたような声を出した。
今は一階の事務所の椅子に座り、
目の前のソファに座っている中年の男性の話を聞いているところだった。
ひょろりとした背の高い40代ほどの男性で、頭の頂点が薄くなっている。
スーツもくたびれていて、ほとんど出世しないサラリーマンといった風貌だった。

季節はまだ初春だというのに話している途中も汗を絶え間なく拭いている。
暖房を下げても変わらないということは単なる体質らしい。
「はい。最近公園が奴の住処だとか・・・。」
「はぁ・・・しかし、そういったことは我が事務所では取り扱っては・・・」
遠まわしに断ろうとしたところを、男性は必死にさえぎってくる。
そしてソファから転げ落ちるようにして床にはいつくばり、
「お願いします!お金はいくらでも出しますから!この通りです!」
と、ほぼ叫ぶ形でなんども頭を下げた。
しかも半泣き状態である。
アルギズはしばらく困り果ててどうやって追い払うか考えていたが、

「いいでしょう!」

という後ろからの声にぎょっとして振り返った。
しゅーという音と共にドライアイスの煙が上がり、スポットライトが照らされ、
さらにはロック調のBGMまで軽快に流れ出す。
全てが収まったとき、そこには青年が立っていた。
アルギズの親友にして頭のネジが500本飛んでいる自称・天才科学者・コールである。
コールはなぜか客間の机に飾ってあった花を右手に掲げている。
そして机の上でなにやら意味不明なポーズをとって固まっていた。
変身五秒前といったところだ。
「・・・コール。」
アルギズが男に見えないように半眼で睨むが、
コールは気にしない、というか気づかない。
「世のため!人のため〜!そのためならどんな依頼でも引き受けましょう!」
その言葉に神を見たかのような表情で男が顔を上げる。
今の男には変人でも神に見えるらしい。
「ほ、本当ですか?」
「ええ!ここのオーナーとして全力を尽くします!」
「あ、ありがとうございます〜〜〜〜!!!」
男が感涙にむせび泣き、コールの手をとって感謝の言葉を並べる。
そんな男を満足そうにうなずいて見守るコール。
アルギズは誰にも聞こえないようにため息をついた。
「結局はこうなるのか・・・」

コールは男を励ますとハンカチを渡し、アルギズにそっと質問した。

「で、どんな依頼なんだ?」

男が涙を拭いて顔を上げると、コールの姿はなかった。
変わりに壁に人型の穴が開いていたことに、 男は事務所を出るときまで気づかなかったという。


依頼人の男はごく普通の家庭のサラリーマンらしい。
不景気だがそれなりにやっていて、また、幸せだったそうだ。
男には高校三年生の娘がいて、成績優秀で真面目ないい子だそうだ。
父親としていうなら目に入れても痛くないのだろう。
ところがある日、めずらしく娘の帰りが遅かった。
男が心配して探し回ったところ、公園で誰かと話していたそうだ。
暗くてよくは見えなかったが、見た目は日本人の青年だったそうだ。
娘に悪い虫がつかないようにと父親らしく向かったが、
娘のところに行き着くときにはもうその青年はいなかった。
そして、誰と話していたのかと男が問うと、 「私の恋人。」 と、うっとりしたように答えたという。
それ以外いくら問いただしても嬉しそうに笑うばかり。
娘は頭でもおかしくなったのかと考え、病院までいったが異常なし。
しかし、娘は毎日公園へと出かけていくという。
何回つけていっても男が近づくと青年は消え、 後にはうっとりした娘だけが残っているという。
霊媒師に頼んで御払いしてもらっても効果はなし。
これはもしかしたら本物の化け物か幽霊かもしれないと思い、調べてほしいとのことだ。

「ほほう。そういう依頼だったのか。」
客人を帰した後、コールはお茶をずずずとすすりながらしれっと言った。
ところどころぼろぼろになっている。
「・・・なんでろくに聞きもしないで引き受けた?」
「いいじゃないか。なんか可哀想だったし。」
今度はまんじゅうをもしゃもしゃと食べながら言う。
アルギズは拳を固めた右手を左手で押さえつけた。
「・・・・・・それにお前オーナーじゃないだろ」
「いいじゃないか。お前が助手で俺がオーナー!ふははは。我ながら説得力がある。」
ちなみに普段直接客が来る場合、アルギズはここの『助手』だと名乗っている。
誰も15やそこらのアルギズがここのオーナーなど言っても信じない。
そういう思考を見越しての嘘だった。
コールは持っていた花をむしゃむしゃと食べだした。
「む!この花・・・なかなかスパイシー・・・あ。アルギズ。お茶くれ。」
アルギズはポットごとお湯をコールの頭にたっぷりそそぐと、
その上にお茶の葉をまぶした。
たっぷり十秒の静寂があった後、絶叫があたりに響き渡る。
それを耳に手を当てて三十秒やり過ごすと、

「だいたい幽霊なんているのか?」
「いるんじゃないか?」
コールはなぜか既に復活していた。
「いや、あの依頼主の見間違いとか、娘が嘘をついているとも考えられる」
「俺は幽霊だと思うな。ナンパ好きな。」
「詳しいな」
アルギズは何気なく言ったのだが、コールはその言葉にしばし硬直した。
「そ、想像で言ったんだよ。例えば彼女が45人いるとか誰でも思いつく!だろ?」
「・・・まるでその幽霊と知り合いかのような口ぶりだな」
「ギクッ」
コールは数センチ飛び上がって冷や汗を猛烈にかきだした。
そしてあからさまに目をそらしている。
「ギク・・・?」
「ギギギギギ、ギクッがぎれいだなあ・・・ぶばばばばばば」
アルギズは不審そうにコールを見た。
奇妙な沈黙が流れ、アルギズが先に口を開いた。
「それにお前・・・科学者だろ?いつからオカルトマニアになったんだよ?」
こういう時は何を聞いてもごまかすとわかっていたので話題を変えてみた。

「ふはははは褒めても何もでんぞ!」
「・・・で、幽霊が見えたり、捕まえられたりする装置でもあるのか?」
コールがサングラスをきらりと光らせる。
「ふはははは!俺をなめるなよ!」
「ああ。なんかその口からまともなことばが出てきたら認めてやろう。」
「まずは・・・あれだ。そいつを確認しないとな・・・! 安心しろ!もう道具はできている!」
胸を張ってのけぞる。
妙に体が柔らかいのか、ブリッジができそうなくらいのけぞっている自称天才科学者。
ふははははははと大きく笑い、

「まるでこうなると想定して作っていたみたいだな」

という一言に派手に後ろに転倒する。
「そ、そそそそそ・・・それよりこれだぁ!はっはっはーーー!!!」
コールは無理やり笑いながら、黄色い蛍光色のバックから何か取り出した。
それは板に針金がついて、えさの部分にひっかかると・・・・ つまりはねずみとりだった。
「・・・一応話は聞いてやる」
「そう!よくぞ聞いてくれた!!これはただのねずみとりじゃない!」
「ほう。」
「名付けて元祖チュー太郎!ここに餌をおいてまつと、ねずみがやってきてだな・・・」
鉛筆を出して餌のチーズをつつく。 バチンという音がして鉛筆が真っ二つになる。
「・・・で?」
「『で?』とは?」
「それじゃただのねずみとりだろ」
「何を言うアルギズ!!ここにちゃんとコール印がっ!!!」
ひゅんと風を切る音がして、アルギズが刀を鞘に戻した。
一瞬間をおいてねずみとりが真っ二つになる。
「うわあああああぁぁぁぁ!!!!チュー太郎おおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ネーミングセンスないよな・・・お前。」
「もう協力してやらん!!!」
「してもらった覚えもない。」
「まあ、そこまで謝るならゆるしてやろう。うむ。」
「・・・。」
都合のいい解釈は一人前なコール。

「それで・・・そのなんとか太郎でどう捕まえるんだ?」
「元祖チュー太郎な。だからこのチーズにだな・・・」
「それはさっき聞いた。どこの幽霊がチーズなんてほしがるんだ?」
「んー?まあそれもそうか。」
コールは妙に素直に引き下がり、
「餌はかわいい女の子にしよう」
さらりとすさまじい発言をした。
「・・・あのなコール。」
「なんだ?」
「頼むから『かわいい女の子』に花子を使うなよ」
「何を言う!?あいつの前に花子を出せるわけないだろ!花子が暴走する!」
「・・・あいつ?・・・花子が暴走?」
「そうだ!とにかく探すぞ!さらうぞ!女の子!」
「犯罪だろ」
アルギズは半眼で睨むと、机の上に乗ってじたばたあばれだしたコールを蹴飛ばした。
コールが空中を舞い、壁に激突してずるずると落ちる。
「だいたいそんなことしなくても依頼主の娘を見張ればすむだろうが」
まったくその通りだ。


公園は砂場にブランコ、そしてシーソーのみといった小さいものだ。
町の団地の近くにあり、昼間は子供たちが集まる姿が見えるであろう。
しかし、今は耳が痛いくらいにひっそりと静まり返っていた。
それもそのはず、日はすっかり沈んでいたからだ。
街灯も二つほどしか近くになく、薄暗いそこは本当に幽霊がいそうだった。
ブランコに1人の少女がいた。
依頼人の娘だ。 美人というよりまだ幼さが残る『かわいい』少女だった。
「なんかまたああいうタイプだな・・・好みの問題かもしれんが・・・」
コールはぶつぶつとつぶやいた。
葉付の枝を両手にかまえ、近くの草むらから覗いている。
アルギズはその隣でもうつっこむまいと少女の周囲だけを凝視していた。
ついでに言うと、アルギズは普通の格好である。
枝は持っていない。
「まあ、そんなにみつめてやるなって、好みなのはわかるが・・・」
コールに裏拳が綺麗に決まる。
残念ながら枝を両手に持っていたため抵抗不可だったようだ。
「うう・・・だってお前の彼女ってかわいい系・・・ゲフッ」
倒れたところに拳を叩き込むと、コールが沈黙した。

その間アルギズは少女の周辺から目をそらしていなかった。
それ故に、
「へえ。かわいい系の彼女か。オレもいつかお会いしたいな」
という声に反応が遅れた。
振り返ると、コールの隣にアルギズと同じような体勢で少女を見ている青年がいた。
すぐさま抜刀できる姿勢になる。
二十歳ぐらいで優男といった風貌。
黒髪に濃い青色の目、顔は整っていてさわやかで、優しそうな印象だった。
今はにやりと笑っているためさわやかには見えないが。
「ん?オレの顔に何かついてる?」
おどけた風に肩をすくめる青年。
抜刀しかけている人を前に平然としている。
ただ馬鹿なのかそれとも余裕なのか・・・ アルギズは青年にどこか見覚えがあるような気がした。
もちろん面識はないので気がしただけだが。
「デジャヴか・・・?」
「は?」
唐突なアルギズの言葉に眉根をよせる青年。
そしてなにやら変わった生き物を見る目でじろじろとこっちを見ている。
初対面にしてみれば失礼極まりない態度だ。
まあ、抜刀しかけていれば誰でも見るだろうが。
と、そこでコールがのびたまま放置されていることに気づいた。
「おい。起きろ。」
「うわああああぁぁぁぁぁ伊勢海老がああああぁぁぁぁ!」
「どんな夢だよ」
「はっ!アルギズ!巨大伊勢海老VSカブトガニはどうなった!?」
「・・・・・・。」
「頑張れ伊勢海老!三重の意地だ〜〜〜!」

ガスッ

表情を変えないまま再び手刀でコールを黙らせるアルギズ。
そして「カブトガニ号〜」とうめくコールを無視して青年に向き直る。
「どちら様ですか?」
警戒をして言ったのだが、相手は緊張感のない声で笑うと、
「クロムだよ。空朱クロム(カラス クロム)。」
と言った。
こちらもうめくコールを無視しているあたり只者ではない。
もしかしたらこの光景に慣れているだけかもしれないが。
「空朱・・・」
アルギズは記憶をたどってその苗字を名乗っていた人物を探す。
そういえば知り合いの二刀流暗殺者にそういう奴がいた気がする。
ほとんど面識はないが。
「もしかしてバイオの・・・」
「おお!我が弟と知り合いなのか!?」
「まあ。」
「そうかそうか。あいつも友達増えたな・・・」
「・・・いや、友達では・・・」
アルギズは苦笑していた。
「ふむふむ。アルギズだっけ?まあかわいい弟だ。よろしくな。」
人の話を聞いていないあたりもしかしたらコールと同類かもしれない。
しかし、それよりも、
「何故俺の名を・・・?」
「そんなの事前にコールに・・・」
と、そこでピピピピピとキッチンタイマーの音が鳴る。
クロムはポケットからキッチンタイマーを取り出すと「時間だ」とつぶやいた。
そして颯爽と草原からブランコの少女に向かって歩き出す。

アルギズは今起こったことを整理した。
彼は空朱クロム。知り合い・バイオの兄。
彼は何故か草むらにいつの間にかいた。
気配は感じなかった。
彼はコールの知り合いだ。
そして依頼主の娘と約束をしていたようだ。
つまり・・・ アルギズは抜刀して少女と再開直前のクロムに切りかかった。
クロムは。半身ほどもある長剣をいともたやすく小刀で受け止める。
しかもその動作が速すぎて目で追えなかったほどだ。
少女が驚いて目を丸くする。

「いきなり切りかかるなんて・・・オレがなんかしたか?」
「いや、必然性はなかったが今日は虫の居所が悪いだけだ」
正直、アルギズ自身にも何故切りかかったのかはわからなかった。
だが、一番の要因は何故か自分の知らないところで
コールとクロムが何かたくらんでいたであろうことがわかったからだ。
「ひどいぜ・・・ハニーの前なのに・・・オレのささやかな時間を」
「お前彼女45人いるんだろう?コールに聞いた」
「男とは退屈したくない生き物なのさ!」
クロムはその言葉と同時に剣を押し返す。
アルギズはその動作とほぼ同時に後ろに飛びのき、体勢を崩すことを防いだ。
「だいたいやめようぜ!彼女が退屈する!」
「やめて!私のために戦わないで!でもがんばってクロム様!」
「・・・のりのりだぞ彼女。」
案外妄想狂のようだ。
「まあ、これで負けられなくなったな!」
そういいつつ切り込むクロム。
早くて目で追うことは不可能なので音で判断し、剣で受け止めるアルギズ。
意外に重い一撃で手がわずかにしびれた。
治るのをまたずにクロムは空いている手でナイフを取り出し、
アルギズの心臓めがけて振り下ろす。
アルギズは避けずにもう一歩踏み込み、クロムの体勢を崩させた。
ナイフは胸を少しだけかすっただけで目標を失い、大きく空ぶる。
すかさず蹴りを叩き込むアルギズ。
しかしクロムはそこで受身をとって後方へ飛びのいた。
そこでにやりと笑う。
「やるじゃないか。さすが我が弟の友だ」
「それはどうも。あんたも普通の人の動きじゃないな。」
「お褒めに預かり光栄だ。だがそろそろ終わりに・・・」
クロムがそうかっこよく言いかけたところで、ズズズと地面が揺れた。
なにやら叫び声も聞こえる・・・女性のものだろうか・・・
「何だ?」
アルギズがあたりを見渡すとクロムが真っ青になっていた。
地響きはだんだん大きくなる。
同時に叫び声も・・・ そして、地響きが地震のようになった頃に正体がわかった。


「クロム様あああぁぁぁぁ――――――!!!!!!!」


ハートを飛ばしながら、くねくねと乙女チックに走ってきたのは・・・
「げ・・・花子・・・」
クロムがつぶやいてすぐさま逃走する。
さっきの戦闘より二倍ぐらい速い速度で・・・
地響きを鳴らしながら走ってきたのは、見た目だけは男前な女性。 鹿馬 花子だった。
似つかわしくない走り方で、似つかわしくない声で、
更には頬を赤らめて、しかしものすごいスピードで走ってくる。 乙女だ。
いつかのあの男前の態度は微塵も感じられない。

「会いたかったですクロム様ああああぁぁぁぁ!」
「ぎゃあああああぁぁぁぁ!!!来るなああああぁぁぁぁ!!!」
「恥ずかしがらないでくださいクロム様ああああぁぁぁぁ!!!」

あれを見る限り少なくとも両想いではなさそうだ。
絶叫しながら走っていくクロムと、 絶叫しながら幸せそうに走っていく花子が過ぎ去ると沈黙が訪れた。
たたずむアルギズと呆然としている少女、そしてのびているコールだけが残された。
気まずい時間が流れ、
「・・・親父さんが心配してるぞ。俺はその依頼できた者だ。」
「はい。もう帰りますね。」
「あいつのことはあきらめるのか?」
「ええ・・・災害に屈してしまうなんて・・・」
災害扱い花子。
「そうだな。やめといたほうがいい。」
「それよりも・・・災害からも耐え抜いてくださった方のほうが・・・」
頬を赤らめる少女。 アルギズはとてつもなく嫌な予感がしてくるりと背を向けた。
そしてすばやく引き返す。
「待ってください!名前だけでも!」
アルギズは無視した。
多分この後放置されたコールにでも惚れることだろう。



「恋に恋する少女、惚れっぽい・・・つまりはそんな奴だったな」
コールがしみじみとつぶやく。そしてハーブティーを飲む。 ちなみに原料は近所の雑草だ。
「ああ。まあ、純なそこが良かったんだが・・・」
クロムがそういいつつ茶をすする。 事務所に平穏な時間が流れている。
「で、なんでお前らがここにいる?」
にこやかにどす黒いオーラーを放ちながら指をぼきぼきならした。

とても平穏な日々だった。

「いや、まあ。細かいところは気にするな。」
コールがアルギズの分までお茶を注いでいた。
「まあ、それはいいとしよう。しかしはっきりさせたいことがある」
「何だ?」
「コール。お前クロムのことだと知っててこの依頼受けたな?」
「おう。クロムが幽霊のことからそいつをナンパしていることまで!」
胸を張ってのけぞるコール。またブリッジ体勢だ。
「じゃあ何故最初から言わない?」
あくまで冷静に聞き返すアルギズ
「ん?そりゃ・・・なあ?」
「だよなあ」
コールとクロムはうなずきあった。
そして口を揃えて言う。

「それじゃ退屈だから」


その後、事務所が断末魔で満たされたということは言うまでもない。






続く

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